鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

1/17 拒否される勇気

テレビ静岡の『嫌われる勇気』を観た。

アドラー心理学を元にした刑事ドラマだ。
主演の庵藤蘭子(香里奈)という刑事が、周囲と全く馴染まず事件を解決していく。
その蘭子は、周りの人間関係を気にせず、己の考えを優先して行動していく。『社会的な問題は全て人間関係の中から生まれる。だから、人間関係を考慮しなければ、問題は生じにくい』というアドラー心理学が彼女の思考の根底だ。
だから、『嫌われる勇気』かあれば、自分自身は問題無く、生きていける。
人間関係が複雑な現代社会で、ウケそうな題材だ。

だか、実際に社会、組織、集団で『嫌われる勇気』を持って行動していく事は難しい。
嫌われても良いから自身の考えを優先させる人間は、他者から見れば『関わり辛い』人間だ。
特に組織、会社は縦社会。
個人の考えより、組織の考えが優先される。
当たり前の事だ。
だが、それが出来ないなら疎外される。
組織からは拒否される。
(そんな人間が刑事というのはおかしいが…)

俺自身、ここ数年、組織から離れた仕事を続けている。
過去には組織に属し、他者に合わせる生活をしていたし、それが普通だった。
たが、今は一人で何にも属さない生活をしている。
他者と関わる回数は減ったが、気持ちは楽だ。収入、人間関係から得られる利益も減ったが、気持ちは以前より格段に楽だ。
今は人生で一番、自分らしく生きている気がする。

だから、アドラー心理学の『嫌われる勇気』という言葉を少し理解できる。

それは、他者から『拒否される勇気』と言えるのでは?

俺は他人、組織から拒否されまくってきた。
拒否されたから、今、一人だ。自由だ(と思う)。
金は無い。
だが、何をしようが自由だ。自身の好きなペースで働き、多少の制約を我慢すれば、何にも自分を邪魔されない。
俺自身が他者を拒否している。
そして、他者も俺を拒否している。
それに満足している。収入的には満足はしていないし、仕事ももっとしたい。だが、今はそんな自分自身にそれなりに『自由』を感じている。

他人、組織を拒否するのは難しい。
拒否される事が厭な人間も多い。それが社会だ、と思う。

俺の場合、決して望んでこうなったわけではない。
期せずして、こうなった。
拒否される勇気を『持つしかなかった』。
だから、『みんな、他人から嫌われまくる勇気を持つべき』とは想わない。
ただ、『拒否されても、生きていける』と思う。
『拒否された』から"おしまい"などという人生、社会はないのだ。
どんな状況でも人は生きていける。
嫌われてしまう怖さで嫌われるないように生きているなら、それを拒否すればいいのだ。

大丈夫。
自分は自分を絶対に拒否しない。