鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

UWF幻想

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UWFの話をする上で、まず言って置くべきなのが、
『プロレスの結末はあらかじめ決まっている』
ということだ。
つまり、『真剣勝負ではない』という事だ。

だが、だからと言って『見る価値が無い』とか『くだらない』とは言えない。
もしも、真剣勝負の戦いを見たければ、アメリカのUFCや"RAIZN"を見れば良い。
全ては"見る側"の"選択"だ。

俺がUインター(UWFインターナショナル)及びU系団体にハマったのは(パンクラスは真剣勝負だが…)、プロレスが好きだ、と言うと必ず言われる「プロレスって八百長でしょ?」という侮蔑に対抗する為だ。
八百長だろ?」と言われたら「いやいや、真剣勝負しているプロレス団体もあるよ。知らないの?」と言えるからだ。
(ちなみに今同じ事を言われたら「それじゃ、見るなよ」というだろうな…)

だが、実際はUインターを含め、パンクラス以外のU系団体は"プロレス"をしていた。
あれは、"格闘技っぽく見える"プロレスだったのだ。
kaminogeの対談で安生が「オレはプロレスラー。プロレスしか出来ないから…」なんて言っていたが、高校生のオレが読んだら、たぶんブチキレていただろうな。

では、当時の俺はUインターが真剣勝負(リアルファイト)と思っていたか?

答えはNoだ。
それは、一度でも映像で見れば解る。
Uインターで行われていたのは、間違いなくプロレスだった。
しかし、人は自分が見ている物が"幻想"とは信じたくない。
そこでオレは『この人達(Uインターのレスラー)は、リアルファイトを標榜しつつ、仕方なく"プロレス"という似て非なる競技をしている』と"勝手に"思い込んだ。

つまり、『彼らはプロレスやっているけど、プロレスラーではないはずだ』という、かなり矛盾した考えを持っていた。

だが、そこにいた人達は"プロレスをやるレスラー"であり、その範疇から飛び出すつもりはなかったのだ。
1984年の~』のターザン山本の言葉を借りれぱ、まさに"ギャグ"である。
UWF幻想はやはり、幻想だった。

そんな俺の幻想は、例の"10・9"で崩壊するのだが…(前も書いたな、これ)

1984年の~』はタイガーマスクこと、佐山聡(サトル)の立場に立って書かれている。
佐山はプロレスでの最強を目指して、新日本プロレスに入団し、プロレスが真剣勝負では無いと分かったが、類い希なプロレスセンスがあり、リアルファイト(真剣勝負)に対する熱意を持ってしまった。
ここに、佐山の不幸がある気がする。

UWF(第1次)ができたのは、新日本のゴタゴタからの偶然だが、それを本格的な格闘技集団に変えようとした佐山。
早すぎた。
プロレス=非"リアル"が判別され、MMA(=総合格闘技)の概念が成り立った今なら理解されるが、プロレスがリアルか否かが判別されていない当時は、これが理解されるのは、難しい。

ただ、そんな中でも、佐山らレスラー側が既存のプロレスとの差別化を考え、
見る側が『リアルなプロレスって、きっとこんな感じかな?』という"勝手な"期待と予測がUWFのスタイルを生んだ。

幻想を生んだのは、見ている俺たち自身と言える。
俺はUインターからしか見ていないが、やはりそこには、『これはリアルだ(たぶん)』と思いたい気持ちがあった。

だが、佐山は第1次でUWFを離れ、新しい格闘技、『修斗』を創始した。
それは新しいUWFに他ならない。
事実、本の中でも『修斗が"UWF"となっていた可能性は高い』と言われている。
俺がUインターにハマっていた頃、もちろん佐山の修斗(シューティング)は知っていた。
『なんで同じような(実際は全く違うが)事をしてんのに、別れてんだ?』と、当時は思っていた。
当たり前だ。
片方は"プロレス"で、片方は"リアルファイト"なのだ。一緒に出来るわけがない。
(それはUインターの映像を見ても変わらず…)

この時の佐山の気持ちはどうだったか?

"リアル"な自分たちがマイナーであり、"フェイク"であるUインターなどが持て囃され、"リアル"っぽく見られる。
頭に来ない方がおかしい。

だが、当時の俺は修斗という競技を、『U系団体の下部組織』『アマチュアからプロへの養成組織』ぐらいにしか考えていなかった。

やはり格闘技は華やかなスポットライトの下で、衆人環視の静寂の中、レガースとマットの擦れる音を聞きながら見るものであり、身体の細いそこら辺の若い奴がリングで揉み合うものではないと、本気で思っていた。

あのUインターの試合の中にあった"緊張感"が"プロ"なのだ。プロレスっぽいけど…。
そう信じていた。

まさに"UWF信者"だった。
佐山の"UWF"は、実は修斗の方だったのに…。

しかし、

"愚かだった"のは確かだが、後悔は無い。
Uインターが崩壊した今も、俺に幻想に対する『騙された』というような気持ちは無い。
一時、プロレスから離れ、MMA(PRIDEとか)に走っていた事もあるが、あれ(UWFスタイル)を『格闘技っぽいプロレス』と思えば、別に良いし、それは、やはり見る側の"選択"なのだ。(俺が映像を見て『ん?』たと思ったように)

『嫌なら見るなよ』である。

パンクラスを含め、U系団体の戦いは、今見ても面白いのは事実だ。
(パンクラスはリアルだが…)

本の中で、中井祐樹が言った。
『過去は否定するべきものでは無いんじゃ…』
作家の夢枕獏さんも
『(UWFは)プロレスが総合格闘技に変わって行くなかで、必要だった存在』と述べていた。
その通りだと思う。
そして、その"プロレス"(パンクラスはリアル)を"面白い"と思える俺は、未だに、UWF信者なのかもな。


☆続く