鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

プロレス心理学24 猪木-アリ幻想(中)

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1960年代後半から、アメリカのボクシング業界、興行主らは高騰するボクサーのファイトマネーに苦慮していた。

ボクシング興行を行う。
ボクサーに支払うお金は上がるが、試合会場には限界があり、そこから得られるチケット代は変わらない。
テレビ中継も始まり、"話題の一戦"を組んでも、チケット代を上げるわけにも行かず、必ず決まった収益を得られるとは限らない。

そこで、ボクシングのプロモーターたちは考えた。
売れたチケット代に比例して、ボクシングに支払うファイトマネーを変動させるのだ。

つまり、"歩合制"の導入である。

こうすれば、チケットがうれなければ、ファイトマネーも安く抑えられる。
プロモーターは安心した。

だが、ボクサーたちは大変だ。
対戦前から、観客を集める工夫をしなければならない。
例え、世界戦でもチケットが売れなければ、ファイトマネーは高くならない。
観客を集め、より多くのチケットを売るにはどうしたら良いか?

カシアスは、ゴージャス・ジョージに着目した。
既に一線から退いていたジョージだが、カシアスは彼に観客や対戦相手を対する罵詈雑言、対戦前の大言壮語で衆目を集める術を学んだ。
実際に指導、アドバイスしたのは、ジョージの後輩であるブレッド・ブラッシーたが…。

ちなみに、ブラッシー自体も素晴らしい煽りとリアクション、アドリブ能力を持ったレスラーだった。
彼を日本に招致した力道山だったが、英語しかしゃべれないブラッシーの素晴らしいマイクパフォーマンスは観客に伝わらない。
だから、力道山は彼にヤスリを持たせ、歯を尖られる"ギミック"を行わせた。
無理矢理"吸血鬼"というイメージを付けさせたのだ。
ブラッシーはアメリカでは、貴族的キャラクターの悪役レスラーとしか、認知されていない。

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カシアスはそのブラッシーから、そしてジョージから観客を興奮させるコツを学び、実践した。

カシアス・クレイ中流階級の出身であり、真面目でひたむきなボクサーであった。
(ちなみに彼の母方の曾祖父は白人)
メディアで言われていたような、貧しいスラム出身ではない。

対戦相手をこき下ろし、予告KOを宣言して、煽る。
事前の会見で記者らに怒鳴り散らす。
そして、本番では実力で相手をマットに這わせ、予告通りにKOする。
"モハメッド・アリ"となった彼は間違いなくクレバーな天才ボクサーであり、プロレスのエッセンスをボクシングのリングに持ち込み、聴衆の後輩を引き出した。

モハメッド・アリのようなボクサーは過去も現在いない。(似た奴はたまにいるが…)
最高のエンターテイナーであり、最も成功したボクサーであろう。

そんなアリが猪木と、"異種格闘技戦"で戦う…。
プロレスの素養を持っていたアリは、おそらく"プロレス"の試合を想像したに違いない。
アメリカでは、プロレスは真剣勝負ではなく、エキシビションや"フィクション"だと認知されていた。

アリとしては、『東洋の島国で、イノキというプロレスラーとエキシビションマッチをして、観客を興奮させるだけ』という、物見遊山な感覚だったのだろう。
またいつものように、対戦相手を小馬鹿にして罵り、日本の観客を興奮させたら良いのだ。
勝敗は"引き分け"で良い。
そうすれば、互いに傷は付かない。

それでアリが手にするファイトマネーは当時のレートで、18億円。
ボロ儲けである。

事実、アリはアメリカの地元ラジオの取材で猪木との試合が"プロレス"であることを述べている。

事前に公表しなかったのは、プロレスが日本ではフィクション(あらすじ有りのショー)だと公表されていなかった事を考慮したのだろう。
アリは本当にクレバーで、"天才"ボクサーである。紳士的とも言える。

しかし、日本に来ると、対戦相手のイノキは"真剣勝負"の練習をしている。

『話が違うじゃねーか!』

アリはそうキレた筈だ。
しかし、既に猪木側と『一方的なキャンセルには多額の賠償金を課す』と契約してしまった。

つまり、アリは"騙された"のだ。

しかし、何故猪木はアリと"真剣勝負"したのか?

それには猪木と日本プロレスの"事情"がある。

日本ではプロレスは限りなく怪しい"真剣勝負"と見られていた。
そこで猪木が"異種格闘技戦"を行う事で、『プロレスラーは真剣勝負でも強い』『だからプロレスは真剣勝負だ』と"思わせた"。

ここでアリと"プロレス"をしたら、それは今まで自身がやってきた事、力道山から繋がった日本プロレス自体を"壊して"しまう。
そこで、猪木はアリと"真剣勝負"するしかないのだ。

アリがブラッシーからプロレスの"やり方"を教えてもらっていた事は知っていただろう。
(アリがプロレスしたことは無いが)
だから、『日本でレスラーと試合してくれ!』と大金を積まれて頼まれたなら、当然、"プロレス"であると思う。

プロレスをよく知るアリは"承諾"する。

そこまで読んでいたに違いない。

こうして、猪木はアリと真剣勝負することになる。

狡い?

いやいや…。
この時の猪木に俺は敬意さえ感じる。

相手は並みのボクサーではない。
世界王者だ。
4オンスのボクシンググローブをしているとは言え、一発でも食らえば命に関わる。
勇気のいる決断である。

また、結局受けたアリも凄い。
ボクシング対レスリング…。
接近され、組疲れたらグローブをしているボクサーはかなり不利だ。
しかも相手はどこの誰とも分からない日本レスラー。何をしてくるのか、わからない。
大金の為とは言え、こちらもかなり勇気がいる決断だ。

つまり、あの日。
猪木とモハメッド・アリは互いに相手に恐怖を感じながらリングに上がったに違いない。

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戦後、その戦いは『世紀の凡戦』と叩かれたが、"真剣勝負"でレスラーがボクサーと戦えば、必ずあんな風になる。
(いわゆる"猪木アリ状態")

それは後のMMAを見たら分かるはずだ。

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<続く>