鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

プロレス心理学68 自己愛と自己陶酔

この公的保険機構の頃、俺の上司の課長は、なかなか"おかしな"奴だった。

とにかく俺を"目の敵"にして、文句や愚痴ばかりを当たり散らした。

頭に来る人間だった。

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この上司の基本的な考えは、物凄い"決め付け"と、"思い込み"に満ちていた。
どうも俺が上司を"嫌っている"と思い込んでいるようで、それが気に喰わなかったようだ。

…実際、俺の性格的に"上からモノを言ってくる"馬鹿は癪に触り、反抗的だったのは確かだ。
だが、それは俺から言わせたら、"向こう"から仕掛けてきたとしか、思えなかった。

何故、この上司はあんなに俺を嫌ったのか?

それは、アシスタント職員として"中途採用"された俺が不信感を持っていたからだと思う。
人は"未知の存在"を嫌う。
自分の"威勢"が及ばない存在を嫌う。

それは、自分を『愛している』からだ。

人は自分が大好きだ。どんなに他人を大事に思っていても、基本的には自分が大好きだ。
自分がかわいい。
自分が大事。

だから、自分の事を一番に考えている。
自分を愛している。

だが、どんなに自分を愛そうと、他人はいる。他人と関係せずに社会では生きていけない。
人は人と無関係で生きては生けない。

そして、どうせ他人と関わるなら、他人に対し、"優位"に立ちたい。
尊敬されたい。
忖度されたい。
遠慮されたい。

だから、自分の"テリトリー"に入ってきた他人を自分の立場を"理解させ"、言う事をきかせたい。

だが、立場を見せつけても、自分に靡かない人間(俺)がいる。

我慢ならないのだ。
『コイツ(俺)は、俺に反抗してくる。俺(上司)を攻撃してくる』に違いない』

と"思い込み"、"決め付け"る。
『他人は必ず自分を"攻撃"してくる』と思う。
自分に従わない他人は、全て"悪"である。
何故なら、自分が大事であり、自分は常に正しいからだ。

自分を愛する事は、他人を"決め付け"る事だ。
もちろん、そうではない可能性も多分にある。
だから、未知の他人を嫌う。
判断できないからだ。

一旦、『○○だ』と決め付けてしまえば、問題無い。
そう決め付けてしまえば、気楽だ。
何故なら、それ以上、"判断できない"他人を考える必要がないからだ。

この課長は自分が好きだからこそ、他人を攻撃していたと、俺は思う。

また、今まで俺にパワハラしていた"上司たち"の心理は皆、これに近いのだろう。

俺がこの課長を許せないのは、この馬鹿野郎が他の事務所に異動する送別会の最後に、俺に対して、

「…すまなかったな」

と謝ったのだ。
という事は、コイツは自分の"やってきた事"を分かっていたのだ。

パワハラをする人間は、自分がパワハラをしているという認識が無い。
何故なら、自分は"正しく"、"間違っていない"からだ。
他人が自分の"思い通り"になるのは、"良いこと"なのだ。

だが、それを認識しているのであれば、それはただの"嫌がらせ"ではないか?

それを理解していたのだ。
この男は、自分が"間違っている"と認識していたのだ。

だが、それでも自分が"一番"なのだ。
自分を愛している。

悲しさすら感じた。

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プロレスラー、棚橋弘至は"自己陶酔キャラ"だ。

勝敗など関係なく、観客の"評価"で生きているプロレスラーは誰しもが、『自分を愛している』と言える。

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誰もが、自分が大好きだ。
そう"酔うこと"さえも"自己アピール"とも言える。

彼らもまた"悲しい"人間かもしれない。

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だが、そんな彼ら(プロレスラー)は課長とは違い、観ていて楽しいし、勇気すら感じる。

"パワハラ"課長と、プロレスラー。
何か違うのか?

自己愛と自己陶酔。

そこにあるのは、それが社会の中にいる"自己"を自分がどう認識しているか?
ではないか?

『自己を愛する事で、他人を制したい』
これは他人の"受け止め方"による。
俺のように従わない人間もいる。

『自己に陶酔して、それを他人にアピールしたい』
これも他人の"受け止め方"によるが、それに従っても従わなくても、それは自由だ。
そういう"人間"がいる、というだけだ。

前者が社会の一部に規制を要求するのに対し、後者は社会に対する"要請"だが、強制ではない。

そこが違う。

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社会(他人)が自分を認めるかどうかなど分からない。
強制などできないのだ。

それを認めさせようとするのは、悲しい事だ。

しかし、俺自身も他人から認めてもらいたい。俺も正しく、間違っていない。
そう思う事は、断固として主張する。

だが、それを他人"強制"はしない。
自分がいかに正しくとも、いかに有益だろうと、それで他人を規制しない。

アピールはする。
"俺は強い"、"俺は正しい"、"俺は悪くない"。
そう訴える。そう思える事は、そうアピールしたい。

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だが、それを押し付けない。
人が俺をそう思わなくても良い。

"悲しく"なりたくないからだ。

他人に自分を押し付ける人間は悲しい。
それを分かっていながら、する人間は何なのだろう?

殴られたいのか?
嫌われたいのか?

そこまでして、自分を愛したいのか?
自分が可愛いか?

そんな馬鹿を俺は軽蔑する。唾吐すべき人間だ。


しかし、そう思いながら俺は我慢した。
せっかく見つけた"避難場所"を逃したくなかった。
課長の罵詈雑言(?)に耐えながら、俺は心の内で怒り狂っていた。

課長も悲しいが、俺も悲しい。
自分が可愛く、自分を"騙して"いたのだ。

そんな俺に"悪夢"はやって来た…。