鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

私説 本能寺の謎解釈


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で、『麒麟がくる』最終回を再び観る。

最期はご存知、本能寺の変である。

その後の『山崎の合戦』を“サラッ”と流し、“ここ”で終わったのは製作の都合上?

 

物足りない気もしたが、以前もこんな大河の終わり方(秀吉?)、あったなぁ。

明智光秀生存説』を匂わすラストの感じもどこか嬉しい😆

 

日本史上、最大のクーデター劇本能寺の変だが…、

 

“黒幕説”👤が様々ある。


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朝廷、旧幕府(足利義昭)、毛利、長曽我部、羽柴秀吉、家康…と、20以上の説がある。

 

確かに、

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秀吉の中国大返しは極めて速すぎる。

事前に変を知っていてもおかしくない💦

 

“人たらし”と言われた秀吉である。

光秀を丸め込み、主君を裏切るように…、とは考えられるが、それが現代まで漏れないだろうか?

光秀がそれを漏らさない、証左を残さない、などという事があろうか?

 

やはり光秀の“単独犯”か?

…しかし、その光秀は変の3ヶ月に家臣宛に『ひたすら主君に忠節を尽くせ、それは必ず報われる』という内容の手紙を書いている。

そんな人物が、「横暴だ」というだけで信長を裏切るだろうか?

 

やはり謎は尽きない…。

 

『誰が黒幕か?』は、明智光秀が何故、信長を殺したのか?という“動機”が必要になる。

 

この大河では、光秀の“動機”は『暴走している信長を止める為』となっている。

明智光秀という人物に対しては、『生真面目だった』とか『もっと狡猾だった』という話が多くあり、判断でき辛い。

 

俺は、明智光秀の動機は『前々から気が合わない仲であり、たまたま“あのタイミング”で討てそうだったから、殺した』という“たまたま説”を有力視している。

 

ちなみに、


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本能寺の変をドラマ等で描く時、攻め込む明智勢と信長が槍で応戦するシーンがよく出るが、これは“演出”だ。

 

明智兵は直前まで、大坂遊覧中の徳川家康を“成敗”すると思っていて、目標が信長だと分かったのは、桂川(京西の河川)を渡った時である。

なので、本能寺に侵攻した際はかなりビビっていて、なかなか建物(寺)に侵入できなかった、と書物に書かれていた。

 

明智家臣の中で、信長を殺した(実際には森蘭丸)安田国綱という武士の話を読んだ事がある。

 

勇気のあった国綱は本能寺内部に侵入し、信長の寝所に向かうと、廊下に寝巻き姿の位高な“武士”がいたので、太ももを槍で突いた。

すると、奥から小姓が飛び出して来て、武士を守ってた。

国綱はその小姓を取り伏して殺害した。

すると、武士の姿は無く、次第に煙りが漂ってきて、火も見えたので小姓の首を落として、建物から離脱したという。

 

この小姓が森蘭丸と思われ、“寝巻き姿の武士”が織田信長と思われる。

 

つまり、信長は人目に触れる場所には出ておらず、本能寺の奥で果てた(自害)したと見るのが妥当だ。

 

弓は使ったようだが、槍で、国綱のように内部に侵入してきた明智兵を突き伏したくらいだ。あまり戦闘をしていないだろう。

 

そして、俺の予想はさらに違う。

 

織田信長は、この当時には珍しい唯一物信者である。

木は木であり、石は石。それ以上でもそれ以下でもない。

そう考える人物が、部下の裏切りに会い、動揺するか、応戦するだろうか?


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『是非に及ばず…』と言ったのは確からしい。

 

ならば、『光秀謀叛』と聞いたらすぐに自刃しないだろうか?

つまり、『あー、光秀、裏切ったか? …ならば、ここまでよ、…さらば!』とさっさとこの世から“去った”のではないか?

それが一番、織田信長らしい気もする。

 

国綱が太ももを刺した“位高な武士”影武者👥では?

国綱が侵入した時、既に信長は自刃していたのではないか?

では、信長の遺体は?

 

遺体が発見出来ず、これが小説などの信長生存の原因になったが、本能寺には大量の火薬💣💥(鉄砲用?)があった記録会があるので、火薬の爆発とその火力で形を留める事の無いくらい損壊したと考えられる。

 

本能寺~山崎の合戦もやって欲しかったなぁ。