…続き(最後)
ある日、例のコンサルタントがやって来て、提案をした。
「どうです、支店、作りませんか?」
街中に新たに支店を出さないか?、と言ってきたのだ。支店、といっても人材派遣業の事務所など、机と電話📞があれば開ける。安いマンションの一部屋を借りてしまえば、後は営業マンが居れば支店が出来てしまう。
…電話📞も個人の携帯📱で十分かもしれない。
コンサルタントが言うには、技術系と工務系の技術系の人材派遣が“本店”。“支店”はオフィスワークや販売系の人材派遣を取り扱う。
支店には、今本店にいる営業の中で、一番成績がよく彼を慕っている者を“支店長”として任せる事にした。
『全方位系の派遣を漏れなく行えますよ』というような事をコンサルタントは嬉しい😆⤴️💓そうに述べた。
確かにそうなれば、収益増が見込める。
支店の設立費用を安く抑えたら、さらに増益は確実だ。悪い話ではない。
彼は、(…それは良いな✨)と思った。
もっとも、彼は自分で色んな会社を回って営業し、派遣先を開拓する気持ちが既に失せていた。
工務店を辞め、人材派遣業に“一本化”した頃から、他者に頭を下げて関わろうとする気になれなかった。
そういった“嫌な事・面倒な事”は他人に任せて、自身は応募してきた派遣の面接と現場への割り振りに専念したかった。
彼は、他人から頭を下げられても、自らは下げたくなかった。
高校生の頃のように、皆から一目置かれ、遠慮され、自分中心に形成される“世の中”にいたかった。
もう高校球児だった頃のままでいたかった。
そして、彼の興味は、仕事後の“遊び”の方に移っていった。
彼は、街中に支店を立ち上げた。
コンサルタントの希望に反し、その支店の業績はあまり芳しくなかった。
まだ世の中はリーマン・ショックの傷が残っている時期であり、支店が見込んだオフィスワークや販売関連の派遣先が上手く見つからなかった。
半年後、支店を任せていた営業が、本店の彼の元に来て相談した。
「…僕も社長のように、建築系の会社とかに営業かけて良いですか?」
この時、既に彼自身が営業をすることはなくなっていたのだが、彼はその営業からの申し出を了承した。
何故なら、支店が得た派遣先も「近ければ、本店にゆずりますよ」と進言したからだ。
つまり、支店が本店の営業を“サポートする”という訳だ。
人の良さそうなその営業の申し出を断る理由は無い。
彼は気軽に了承した。
これが、大きな間違いだった。
その営業はかなり頑張った。
本店の営業ら以上に、建築現場、工場🏭系の派遣先を獲得してきた。
派遣会社全体の抱える案件の比率は『本店2:支店8』となった。
本店と支店の“パワーバランス”が崩れだした。
当初、彼は本店の営業社員らに「お前らも、もっと頑張れよ💢」と叱責したりしたが、気が付けば、彼の人材派遣会社はその支店からもたらせる契約で成り立つようになる。
会社はそれなりに儲かっていた。
だが、“部下”と思っていた支店の営業の態度がおかしくなる。
給料の値上げなどは要求しないが、そいつは明らかに彼を小馬鹿にするような態度を示し出した。
頭に来たが、その営業(支店長)からの契約が会社の生命線になっているので、彼は強い態度に出れなくなっていた。
気が付けば、会社はその支店長が実質的に取り仕切るような感じになった。
彼は何とか抗いたかったが、無理だった。
彼に状況を打破しようとする気力がなくなっていた。
40才が迫る彼の体は、高校球児の頃のようなシャープさがなくなり、丸々と太って来た。頭髪も幾分と薄くなってきたので、丸坊主👨🦲にした。
派遣の面談、振り分けは支店長の息のかかった事務員が取り仕切り、彼は判子を押すだけになった。
ある日、彼の元に支店長とコンサルタントがやって来た。「…お話があるのですが」と言う。
それは独立の話だった。
街中にある支店を、独立させて欲しい、と言ってきた。
気が付けば、コンサルタントも支店長側に付いていた。
いや、このコンサルタントが裏で糸を引いていたようだったが、気付くのが遅かった。
支店長は言った。
「こちらで契約した派遣先、少しは回しますんで…」
そう言うと、媚びるように笑った。
彼は思った。
(また、騙された…)
彼は独立を許可した。許可するしかなかった。
支店長(となった元営業)は、新しく出来た人材派遣会社の社長になり、彼はそこの副社長となった。
変わりに彼の会社の副社長に、その“元”支店長が就いた。コンサルタントからの指南であった。
彼は従うしかなかった。
以前の彼なら猛然と怒っていたのかもしれない。
だが、彼には別の問題が出来ていた。
母親の体調がおかしくなったのだ。
介護が必要なようだった。
問題💴はさらにある。
元妻への養育費に、母親の介護代が発生し、彼の“懐事情”は急に厳しくなった。
調子が良かった頃に買った高級セダン🚗を売り払い、軽自動車に変えた。
仕事後に通っていたキャバクラの“お気に入り”の女は、いつの間に店を辞めていた。
「彼氏と結婚しるらしいよ」と彼女と仲の良かった同僚キャバ嬢が教えてくれた。
(…そんなもんか)と彼は思った。
2019年。
彼は40になった。
会社は何とか維持していた。
以前いた社員や派遣らは、全て“元”支店長の派遣会社に引き抜かれていった。
彼の会社は、そこからあぶれた派遣や、仕事をもらって“凌いでいる”状態だった。
かつての“大手住宅メーカー”が“元営業の派遣会社”に変わっただけのようだった。
だが、文句は言えない。
そこからの仕事を断れば、営業力が無い彼の派遣会社は立ち行かなくなるからだ。
完全に立場が変わった。
以前は呼び捨てにしていた“元”支店長を、今は「◯◯さん」と呼ぶようになった。
元妻の元にいる息子には、全く会っていない。会いたくもなかった。こんな“元”父を見せたくなかった。
母親の状態は良くない。
先日も病院で検査したが、認知症の気配が出てきていた。
彼の楽しみは、仕事後に行くキャバクラだけになった。
以前のお気に入りの女には逃げられたが、彼はすぐに別のキャバ嬢を気に入り、足しげく通った。
自分が社長であると言うと、その女は目を輝かせた。小柄で胸の大きな女だった。22才と言っていたが、おそらくもう少し歳を食っているだろう。
それでも良かった。
実は、彼は再婚を考えていた。
40になり、漠然と老後を考え始めていた。
母親の介護もある。
一人で迎える老後を嫌悪し始めていた。
誰かと一緒にいたかった。
だが、誰でも、では無い。
もう、昔のように誰も彼を“讃え”なくなっていた。誰も遠慮しなくなっていた。高校時代の仲間にはもう何年も会っていない。
野球⚾もしていないし、観てもいない。
高校球児の彼は、いなくなった。
“その頃”の“希望”だけが彼の中に残っていた。
彼は、そのキャバ嬢の送迎🚙を始めた。
軽自動車で彼女の出勤日には必ず車で送迎した。
それくらいしか、日常に楽しい事がなくなっていた。
彼女とは同棲の話が出ていた。
そんな40代を迎えるとは、全く思っていなかった…。
…そして、新型コロナが来た。
《終わり》