鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

小さな怒り① 母とカーテンと会食と…

俺は癇癪持ち💢だ。その自覚がある。

些細なことですぐに怒る、器の小さな男である。

 

昨日も夜中に汗をかきながら遅い夕飯を作っていたら、その汗で眼鏡👓️が外れ、1人激昂💢したりしていた。(お隣の部屋の方、すいません😣💦)

 

特に物が落下するのが、1番カチン💢とくるらしく、それでよく怒っている…。(恥 )

 

…で、冷静になり、(…俺は、何であんな些細なことで❓️)と反省する。

 

それでまた時が立てば、怒る💢

この繰り返しだ💧

 

恥ずかしい話だが、自分の思い通りにならないと「うぅ…」と唸る癖があり、両親や友人らに度々注意されている。(もう44…)

 

 

この前、『小さな事で怒る人は幸せにはなれない』という話をネットでみた。

その通りだと思う。

いちいち怒る人には誰も近寄らない。近寄らないと情報が入らない。入らないから“損”をする可能性が上がってしまう。

社会において、“孤立”は不幸の始まりである(実感)

 

何でも親の責任にするのは、良い大人として“いかがなとのか?”と思うが、我が母親も非常に短気💢だ

 

同居していた時、母が大声でキレていたので、聞いてみたら、「窓からの日光が眩しい✨!」とキレていた。

「はあ?」と思ったが、俺は母の為に窓の外側に白いレースのカーテンを取り付けて、外光を遮ってやった。

俺からすると、(何でこんな事で、そこまで怒る野だ?)と思うのだが、母親からしたら、外光✨が我慢ならなかったのだろう。

 

今回の父の緊急入院でも、母と何度も口論になった💦💦💦

 

人の“小さな怒り💢”にはかなり差がある、と思う。

 

と言う俺にも、(差)れがある。

 

以前書いたと思うが、俺は会食とても苦手だ。

食べ物が口の中にあり、咀嚼している最中に話しかけられるとカチン💢と来る。

特に高級な料理🍸️や普段食べられないような料理🥩を振る舞われる時がそうだ。

こんな俺でも、極々稀にそうした機会があったりする。

その時に話しかけられると、もうダメだ。“手”さえでそうになる。とにかくダメなんだ。



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なので、常に1人飲み🍶(友達がいないからでは?)

 

何故、食事中に話しかけてくる?💢

何故、食事中に“別の用事”をしようとする💢?

何か話したい事があれば、別の場所でコップに水🥤だけで話せるだろ?

それをわざわざ会食にして、しかもその料理を食べる事(咀嚼)を邪魔する?

 

俺はこれにカチン💢となる。

 

 

だが、大人になれば会食の機会など当たり前だし、それに対応できない方がおかしい。

 

そして、これこそが『何故、そんな事ぐらいで怒る?』という“小さな怒り💢”だろう。

 

俺にとって、食事中に話しかけられるのは、我慢ならない💢

母の“カーテン”となんら変わらない。

 

『小さな事で怒る人は不幸になる』のその“小さな事”は、その人による。

人により違う。

怒りの基準、度合いには個人差がある。

 

ならば、もう『怒らない』と決めた方が早くないか? 

「そんな小さな事で怒んなよ」と言われたら、「お前からすると“小さな事”だが、俺からしたら“大問題”なんだよ💢」と揉めたら、もう決着が出ない。

 

他人の怒りを聞いていると、イライラ💢したりする。怒りは結局何も産まない気がする。特に他者への怒りは。

 

なので俺は、「とにかく怒らない」を最近の“誓い”として働いている。 

メガネがズレても怒らない。

置いた物が落ちても怒らない。

よく考えてみたら、悪いのは俺自身だ。

 

(続く)