鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

2024 5/19 雨が降ると…。

今日は雨が降っていたので、赤電(遠州鉄道)で実家に向かった。


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そろそろ梅雨の季節だ。

この頃になるといつも古い“友人”を思い出す。

このブログで度々書いている『雨が嫌いな友人』の話である。

また書こうと思う。


彼は雨が嫌いだった。正確には「雨が震え事が許せなかった」

雨自体を擬人化していた。

「雨☔は自分勝手だ」

「雨☔はみんな嫌いだ。なのに振る」

「雨☔に、皆、振り回されている…」

「何で、雨だけが好き勝手できるんだ💢」


本当におかしな奴だったが、もしも雨を“人”と認識したら(…できないけど)、この“友”の話は納得できてしまう。

 

雨は勝手に降るし、こちらの都合は考慮してくれない。

当たり前だ。


しかし、雨☔は人ではない。(当たり前だが…)

雨は気象状態だ。それに好き嫌いはあるが、避けられない。

雨が降っているなら、傘🌂やカッパなどを使い、またそれを“我慢”するしかない。対応するしかない。


それを「自分勝手だ💢」のは、おそらく他人の“自由”が許せないのだろう。


他人はいつも勝手だ。

何を考え、話し、行動するのも自由だ。誰にも規制されない。その人の主観で言動する。

それは自由(勝手)だろ?


だが、それを嫌う奴等がいる。

そういう人間からすると、“自分勝手”に降ったり、止んだりする雨☔が許せないのかもしれない。


だから、他人の自由を規制する。

「友達だから…」「組織(会社)だから…」「お金💴のためだから…」と“仕方ない”理由を作る。

だから、人は離れていく。

他人が自分の了承無く行動したり、好きに話しをするのを嫌う。

「アイツは自分勝手だ💢」「間違っている💢」「おかしい💢」


その“友”もそういう奴だった。

悪い奴じゃなかったが…。

他人の行動をよく規制していた。友達とか仲間とか先輩の名前を出していたな。

 

しかし、そういう“友”は本当に“悲しく”思えた。

己の思いどおりにならないから、他人を頼ったり、正当性を組織や正義に頼る。

馬鹿馬鹿しい話だ、友よ。自分の力でどうにかしろよ、それは。

雨☔はどうにもできないから。

 


雨☔が降ると、いつもソイツを思い出す。