平昌オリンピック開幕、と政治
平昌オリンピックが始まった。
トンガの選手?
寒そう~。
俺の期待はフィギュアスケートだが、初日はまずまずか。
頑張ってほしい。
今回の冬季オリンピック。
競技よりも政治的な話が先行しつつある。
主役は北朝鮮?
アイスホッケー女子は韓国と北朝鮮の合同チームになった。
これを見ると、『オリンピックは平和の象徴だ』『オリンピックの政治利用だ!』という人がいる。
しかし、近代オリンピックは元々、普仏戦争に負けたフランスの貴族が敗戦に沈む祖国を励ます為に始めたという話を聞いた。
ならば、オリンピックと"政治"は元来、切り離せない関係かもしれない。
以前、五輪聖火リレーの際にチベット人が独立を叫びながらアピールした事があった。
アレも政治利用?
あれをダメとするなら、中国に弾圧されていたチベット人は自らの悲憤を訴える場所がない。
オリンピックという、世界の注目が集まる場を使いたがる"心持ち"は理解できる。
そうすると、"政治利用"は仕方無い気がする。
(チベット人の叫びと、北朝鮮の思惑が同じものとは思えないが…)
だが、他国をバカにするような"国威発揚"はダメな気がする。
前にサッカーの試合で韓国選手が日本人を揶揄する真似をしたことがある。
アレはダメだろう。
なぜなら、アレを見たら、日本人は頭に来るだろう。頭に来たらやり返したくなる。
そうなれば、国と国だから"戦争"だ。
そうなれば、スポーツ競技をやる意味がない気がする。
戦争をしない為に"スポーツ競技"で国ごとに競い合っているのだ。
北朝鮮の思惑と行動はギリギリ寛容できるのか?
上記のトンガ選手もああして裸で開会式にでたのは、『我々は、こういう国だ』いうアピールともも言える。
つまり、『がんばれ○○(出身国)』はOK。
『○○(他国)、馬鹿野郎!』という"感情のみ"の発露はアウト、という事かな?
でも、それだとチベット人の行為は…。
だけど、人情として賛成したいしな。
それも"日本人"としての"感情"か?
…う~ん。
何とも割りきれないなぁ。