プロレスには、軍団抗争が付き物だ。
様々なユニット、軍団、グループがある。
ロス・インゴベルナブレス、鈴木軍、CHAOS、バレットクラブ、NWO、ノーフィアー、聖鬼軍、冬木軍、ゴールデンウカップス…。
今までから過去、様々なプロレス団体内に"軍団"がいた。
プロレスにおける軍団の意味は、一つ。
一人の選手(トップ選手、スター候補、及びその対抗相手)を目立たせる為である。
そのプロレス団体に将来客を呼べるであろう"スター候補"のレスラーがいたとしよう。
彼を一人前のレスラーにしたい。
彼が目立たせる為に、『考え方が似ている』、『共通の敵がいる』などの"括り"で組ませる。
"仲間"がヒールなどにやられていると、すかさず"スター候補"が助けに現れる。
…といった在り来たりの"展開"でスター候補レスラーを目立たせるのだ。
そのレスラーの"価値"を高めるだけの為にある。
なので、彼らは別に同じ考えや信念で集まったわけでは無いから、そこに本当の絆や主張があるわけではない。
かつてNWOの蝶野正洋は「この会社(新日本プロレス)は腐ってんだよ!」と吠えた。
よく考えてみたら、おかしな話だ。
本当に所属している会社に不満があるなら、会社の運営側に訴えたら良いし、その会社を辞めたら良いのだ。
だが、彼らは辞めない。
当たり前だ。
会社を批判する事で観客を煽り、自らは"反体制"な人間であり、我々らは『会社に反抗的な人間である』とアピールしたいのだ。
そうすることで観客を煽り、試合を盛り上げるのだ。
本心からその会社が腐っているとは思っていない。
かつて、新日本プロレスに"維新軍"という、団体内の"軍団"がいた。
あくまで、"長州力"というリーダーを目立たせる為の軍団であり、彼をいかに"輝かして"、"価値"を上げる事が目的であった。
だから、団体内ではあまり目立たないレスラーらが集まり、会社に"不満がある"という"ポーズ"を取っていた。
自分たちの不遇は会社と社長(猪木)のせいだと。
『反旗を翻した』のだ。
"維新"という意思の元に会社に反抗的なレスラーが集まり出した。
実質、彼らほど、会社に"従順"な人間は居ない。
特定の選手を目立たせる為に自己を"犠牲"にしているのだ。
彼らが惨めにやられて、長州が活躍すれば長州が目立つ。
そういう事が"維新軍"結成の目的であり、実のところ、そこに不遇や会社に対して抗う気持ちは微塵も無いのだ。
だが、この"維新軍"には、他の軍団と少し違う事がある。
それは維新軍のリーダー、長州力が本当に会社に怒りを持っていた事だ。
当時、長州のいた新日本プロレスのトップは社長の猪木。
No2は藤波。
長州はNo3か、それ以下の位置でしかなかった。
これが長州には気に入らなかった。
自身はオリンピックにも出たアマチュアレスラー(韓国)だ。
それが、レスリングの実力の無い奴(藤波)が自分より"上"と思われている。
プロレスの勝敗は最初から決まっている。藤波より価値が低い、と思われていた長州に"勝つ"ブック(台本)は組まれない。
それが長州には本当に不満だった。
藤波ばかりを引き上げる会社、猪木を本当に恨んだ。
「俺はお前の噛ませ犬じゃない!(引き立て役は嫌だ!)」
そう言って藤波に噛みついた。
要するにジェラシー(嫉妬)である。
露骨に、藤波に対してそれを見せた。
それを猪木が面白がり、実際のリングに持ち込み、彼に団体内で燻っていたレスラーと組ませた。
この"維新軍"が他の軍団との違うのは、その集団の存在意義が長州というレスラーを目立たせる為にあり、集められたレスラーは会社自体にそれほど不満はなかったのに、長州自身にはそれ(会社への不満)あった、という点だ。
自分の価値を高めたい。アイツ(藤波)にはプロレスラーとして負けたくない。
俺の価値を認めない猪木が憎い。
要するに長州の"嫉妬"だ。
嘘の"反旗"が上がる中、長州だけが本気の"反旗"を翻し、持っていたのだ。
そして、長州は己のレスラーとしての"価値"を上げたかった。
藤波よりも、猪木よりも…。
そして、長州は自身の"価値"を実際に上げる行動に出る。
それは維新軍が新日本を飛び出し、馬場の全日本プロレスに殴り込んだ事だ。
(遠因はアントンハイセルか?)
維新軍が、本気で新日本の待遇に不満を抱いていたら、飛び出した後に自分たちでプロレス興行会社でも立ち上げたら良いのだ。
(実際、ジャパンプロレス株式会社を作ったが…)
そうすれば、長州を頭に自分勝手にプロレスができるはずだ。
待遇も自分たちの思いのままだ。
それが、馬場の全日本に"移籍"。
これは、『新日本プロレスに不満があった』から辞めたのではなく、『馬場サン、俺(ら)を新日本より高く買ってくれ』という"査定"だ。
プロ野球選手の"FA"に似ている。
自分を高く買ってくれる"雇い主"を求めて呼び掛ける。
当時、新日本以外のプロレス団体は日本には全日本プロレスしかない。
だから、長州は全日本プロレスの馬場に交渉した。
長州は、自身の価値を馬場に問いかけていたのだ。
これは、"維新軍"という"集団"だからできた事である。
例えば、これが長州個人が藤波や猪木に不満を持ち、全日本へ移籍したら、ここまで印象深くならないし、長州のレスラーとしての価値は上がらない。
ただ、わがままなレスラーが、団体移籍しただけである。
長州は「俺(ら)の価値を…」と維新軍まとめての価値を訴えたのだ。
長州が率いる"維新軍"という集団だから、長州の印象が肥大化したから、同時に長州自体の価値も上がったのだ。
その後、長州らはちゃっかり新日本にUターンしている。自身の価値をさらに高めて…。
これは社会人にも言える。
社会に出たら、人は必ず何がしらの"派閥"、"グループ"に入る。
本人の意図に関わらず入ってしまう。
何の為?
それはやはり、自己の価値を上げる為だ。
強い人間、発言力のある人間、実力のある人間にすり寄る事で、その力が自分にあるように思われたい。
自分の実力、存在価値を、集団化させた事で"肥大"させたい。
それが"軍団化"の主な理由だ。
だが、よく考えてほしい。
その集団は、いつまでもアナタの価値を上昇させ、保持させてくれるものか?
維新軍を含め、プロレス団体内の"軍団"には必ず解散がある。
…飽きられた。
…負けた。
…仲間割れ。
やがては軍団(集団)は"終わる"。簡単に解散したりする。
その時、アナタ個人の価値はどうなっているのか?
軍団は確かにアナタの価値を上げ、アナタの考え、思想を肥大化させてくれる。
それは都合の良い存在だ。
それを理由に集団したがるのは、理解できる。
俺も「俺を縛るものは無い!」などと言いながら、それでも最低限の"軍団"に入っている。
この軍団が怖いのは、軍団化する事で、まるで自分の価値が『上がった』と、勘違いする場合がある事だ。
その人の価値は、その人が一人になった時にしか分かってこない。
誰かに頼り、誰かに頼られるうちは、集団は自分にとって、便利な"装置"だ。
装置だから、それが自身の価値と思えてしまう。
実際のアナタの価値など、明らかに実力以上の"まやかし"である可能性が高い。
長州の維新軍は、全日本プロレスで解体し、長州の価値だけが上がった。
彼にはそれだけプロレスラーとして実力があったのだろう。
新日本に戻った長州には『かつて新日を飛び出した』という、『反逆者』の価値が付加された。
維新軍はその意義を果たしたとも言える。
これは稀有な成功例とも言える。
一人になってから落ちぶれたり、ダメになってしまうレスラーは多い。
慕う人間と離れた後、一人のレスラー(人間)としての価値をどう見られるかは、いつも突き付けられる"問題"だ。
何かのグループに入る事は、一時は良い結果を貴方に与えるだろう。
だが、それは一時の事。
そこから離れた(離された)時が、自分が何が出来るか、分かるのだ。
だから、集団に頼るな。
いや、頼ってもいいが、それがいつまでもあると思うな。
その集団は、必ずいつかは瓦解する。
その気持ちでいつもいる事だ。