鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

ポジション論

コロナ“禍”で俺の生活も少し変わった事がある。


いつもは週末や休みにダラダラの浜松の街中で🍺飲んだりしていたか、最近は家にいて、ネットを見る機会が増えた。

特にYouTubeをよく見るようになった。


考察系YouTuberのチャンネルや、元セクシー女優のチャンネル、前田日明のチャンネルはかなり面白く、クセになり、ほぼ毎日観ている。


その中で気になった人物がいた


“2ちゃんね”の元管理人、ひろゆきさんのチャンネル(tiktok?)が凄い⤴️⤴️


最近、よくテレビで見るような気がした。

コロナが流行してから、コメンテーターとして度々見たことのある人物だ。

 

妙に“上から目線”の言葉がイライラしたりした。

そして、驚いた😃


彼の答えるスピードが速い。速すぎる。(そして的確)


例えば、


『東南アジアで起業したいのですが、どうしたら良いでしょうか?』

という質問には、ひろゆきさんは、


「マレーシアの◯◯◯という制度(エリア?)を使えば、数年は法人税がかかりませんよ~。どうですかぁ~」


と、数秒で的確なアドバイス、回答をしていた。

俺はその速さに驚いた。相当頭の回転が早くないか?

 

そのマレーシアの話は有名なのだろうか?

ビジネス界では常識なのかも知れない。

俺が無知なだけ?


返しが速すぎる⁉️


その他の質問にも、数秒も置かずに回答していた。ビール🍺を片手に「~した良いと思いま~す」などとバシバシ答えていくのだ。凄い。


…俺は思った。

「この人、最初に質問を選んで、ゆっくり考えてから、話してないか?」

画面にはひろゆきさんとノートパソコンがあり、おそらくそのパソコンに質問がメールで来て、それに答える様子を撮影して流しているのだろう。

わずか数分の動画の中にバッチリまとまっている。

それも上手い。見やすいのだ。


だから、疑ってしまった。

元々、質問の答えを下調べして、いかにも『それは~』とそこで思い付いたように答える。

観ている方は、その速さ、的確さに下を巻く…という図式だ。

 

そんな穿った見方をしていた。(反省)


そして、同時に頭に来た。

そのレスポンスの速さが、何か『俺って、こんなに頭の回転速いんだよね🎵』とか『こんなに知識かあるんだよね🎵』という自慢に聞こえたのだ。


気になって、本屋で著書が無いか、探してみた。


あった✨✨✨

 

『1%の努力』という著書が出ていた。結構売れているようだ。


立ち読み(失礼)で目を通した。

 

…題名からし『無駄に努力するより、こうした方が楽ちん🎵』という、自己啓発のエッセイかも思ったら少し違っていた。


これは“思考法”の本だと思った。


俺が気になったのは、『ポジション』の項の『コミュニケーションコスト』の話だ。


俺の理解では、

『第三者的なポジション』を保つには『現場のリアル』『経営側の論理』『コミュニケーションコスト』を理解する必要がある、という事だ。


この『コミュニケーションコスト』とポジションに、思うことがある。


あれは高校生の頃、ある日突然、同級生に変な事を言われた。


友「オマエ、女の子とよく話すよな?」

俺「…いや、あんまり話さないけど?」

友「いや、話すだろ? でさー、その時、遊びに誘えよ」

俺「はあ? 無理だよ?」

友「いや、出来る。オマエなら出来る」


断っておくが、高校生時代の俺は女の子と積極的に話すタイプではなかった。せいぜい彼女くらい。むしろ、ソイツの方が女の子と話易いタイプと言えた。

積極性で言えば、話しかけてきた友人の方がよく話す方だった。

(何故、俺を?)と考えて、分かった。


女の子と遊びたかったら、自ら声を掛けたら良い。

だが、それは恥ずかしくて出来ない。

ならば、よく女の子と話をしている奴にお願いすれば? 

だが、それも難しい。


ならば、近くにいていつもヘラヘラしている俺に、女の子と遊ぶ為のコストを“丸投げ”すれば良い、と考えたのでは?

 

無理にコストを背負う必要は無い。

そんな事はこのバカ(俺)に任せたら良い。

 

何故なら、自分はそういうポジションにいるから。


…そう思ったのではないか?

(実際にそうではなかったと思うが…)

 

完全に俺を舐めている。俺に言えば(どうにかな)と思っていたのだ。


その後、俺は頭に来て、ソイツとの交流を止めた。


『ポジション』『コミュニケーションコスト』から考えると、友人は自らお願いする“コスト”のかかるポジションが嫌だったのかもしれない。

だから、それを俺に“丸投げ”したのだ。

(それも舐めた話だが…)

 

大学生の頃、サークル(クラブ)に入っていた。

ある年の春先。我がサークルは大量離脱が起こり、人数が減った。なので、新学期の勧誘には並々ならぬ気合いを入れた。


勧誘自体は俺の同期が奮闘し、なんとかなったが、中に1人、新入生勧誘を全くしない困った奴がいた。

「チラシ、配るだけならどうだ?」と俺は提案してもやらなかった。


何故、新入生を勧誘しないのか?


するとその男は、「勧誘なんてせんでええやろ?」と言い出した。


俺は思った。(コイツ、“新勧”したくねーんだな?)と思った。なんてプライドの高い奴なんだと小馬鹿にした。


だが、これを『ポジション』『コミュニケーションコスト』でみると…、


「ねー、うちのクラブ入ってよ」と勧誘した新入生と、「あのー、このクラブ、入りたいんすけど?」と来た新入生では、その後の対応が変わってこないか?


“入って!”と言った新入生には、こちらは遠慮する。

だが、“入りたいっす”の方には最初から“上”から行ける。

つまり、あれやこれやと手間をかける“コスト”が要らない。


ソイツは、それを言いたかったのではないか?

そうした『ポジション』を手にして置きたかったのかも?

 

社会人になり、ブラック企業”で働いている時、他のグループ会社から移籍してきた副部長が、俺の後輩をベタ褒めした。「天才だ」「君なら出来る!」などと言って褒め称えた。

すると、その後輩は思い上がり👺、おかしな事を言い出した。


ある日、俺のところに来て、


後「…俺、“副部長室”を作りたいんすけど?」

俺「副部長室?」

後「…副部長と一緒に、各部署や店舗を回って、改善点を指摘するんす☺️」

俺「…」


俺は思った。

(…そんな部署、突然出来るわけねーだろ?)


で、そんな事が実現するはずも無く、副部長は他の社員から疎まれ、その後輩もいつの間にか、副部長を糾弾する側に転身した(変わり身、速!)


今から思えば、後輩はそうした“美味しい”ポジションに就きたかったのかもしれない。

副部長の影にいて、自分はあれこれと言うだけのお得なポジション。“コミュニケーションコスト”は全て副部長が負うので、本人は“ノーリスク”。

そんな夢のような“地位”を狙っていたのかもしれない。

 

ひろゆきさんの『1%の努力』の『ポジション』の項目を読んで、そんな事を思い返していた。

人間はポジション(立場、地位)で変わる。


それは俺も同じだ。


ひろゆきさんの『1%の努力』は『努力なんかしても無駄』では無く、『努力の仕方』『考え方』を示すものではないのだろうか?


そう読むと、実に面白い。理解しやすい話が多くあった。

冒頭のスマホも財布も持たずに、一週間、満足に生活出来るか?』という問いは、まさに『生きる力』を考えさせられた。


だが、疑問に思うこともある。


2ちゃんねるが流行っていた頃、ひろゆきさんの元に批判が殺到したらし。

『あんなサイトがあるから、ひどい悪口をネットに書かれるだろ💢』などという事だろう。

確かに『2ちゃんねる』は匿名のネット掲示板で、罵詈雑言が書かれていたりする。


それに対し、ひろゆきさんは、

『公園で凶悪な事件が起こったからといって、その造園業者に訴える人がいるか?』『自分は“場”を提供しただけ』

という。


これは100%正しい。

ネット掲示板のマナーは、ネット(掲示板)を利用する人の問題だ。


包丁の“例”もそうだ。


車🚙なんかもそうだろう。

 

世の中に交通事故がある。非常に痛ましい事だが、だから車メーカーに対し、「何故、あなた方は車なんて造っているんだ💢」という人間はいない。

交通事故は、その事故を起こした奴が悪い(俺のように…)

車🚙は我々の生活になくてはならないものになっている(特に田舎では)

だから、🚙の存在を問題視したり、批判することは少ない。


ネットの悪口は、悪口を書き込む人間に問題がある。システムとして構築した人間は、そこまで責任は無い。


だが、それをどれだけ認識しているか?


俺などはネット掲示板で悪口を書かれていないから、『書き込む人間が悪い』と言えるが、もしネットで悪口を書かれたら?


やはり、(何で、ネットなんてあるんだ💢)とか、(2ちゃんねるの責任者を出せ💢)などと思ってしまうかもしれない。


そして、ひろゆきさんなどから『公園で…』と言われ、怒っていた相手が『そりゃそうか…』などと冷静になるかもしれない。 

で、落ち着き、また違う誰かが非難されだす。


ネットや掲示板などが一般的で、昔からあり、皆が馴れ親しんでいれば、『それは利用する人が…』となるが、日本ではそこまで“ネットリテラシー”が十分に広がっていない。

俺の両親など『ネット=ヤフ』と思っている。


その中で『2ちゃんねるを“造った人間”が悪いのではなく、利用者が悪い』と受け入れる事が出来ているか?

かなり難しい。 

 

また「2ちゃんねるなんて💢」にならないか?


という事は、やはり何かあれば、やはり『ひろゆき、この野郎💢』になり、で誰かが「公園で…」と諭し、理解するという繰り返しを暫く続けなくてはならないのではないか?

“無限地獄”のような話だ。

 

外側から見たら、『ご苦労様』という話だ。


ま、あと10年くらいしたら“消える”ような問題と思える。

何故なら、ネットはほとんどインフラみたいなるだろう。我々の生活に欠かせないものになりつつある。

包丁しかり、車しかり、“使う人間”の意識が補正されたら、“造った奴が悪い💢”という不毛な論議は無くなるだろう。


と、ここまで考えて、思ったら、ひろゆきさんは既に2ちゃんねるの管理人では無い。

もう批判云々というポジションにはいない。

意味が無いのだ。

とやかく言われるポジションには、既にいない。


このポジションという事を考えると、分かりやすい。


『人は感情の動物だ』『自ら考えて、思って行動する』

理路整然と説かれても、納得しない人間がいる。俺もそんな人に時々会う。感情が優先する人間だ。そして、俺もそんな事がある。

小説などを書いているから、少しは分かるつもりだ。

人間は感情や気持ちを抱いてしまう動物だ。 

 

『間違っている』=『だから、やらない』

…とは、ならない事もある。


ポジションというものは人を変えたりする。

安心、安全とも言える。

別の言い方ならば、『管理する責任範囲の確定』だ。


ひろゆきさんのtiktokの質問で、『地方に住んで、月収11万です。どうしたら良いと思いますか?』という投稿があった。

ひろゆきさんは、『あー、それだったら、東京に出て、生活保護もらった方が早いっすね。東京都の生活保護費ってそれくらいなんでー』とまた即答していた。

調べたら、本当にそれくらいだった。

(うわ、よく知っているなぁ)と思ったが、これはよく考えたら解決にならない、いや正確には“説明が足りていない”のではないか?


東京に出て来て、生活保護11万。

半分程度が家賃に消えるのでは?

で、5~6万で生活。


出来るのか?

ま、かなりカツカツだが出来るだろうか。

 

また、生活保護目当てに東京に来て、住民異動届を出した直後に、生活保護の申請ができるか?

 

「できる」と言えるが、心情的に少し嫌悪感を得ないか?


この質問者の意図『これ以上、収入を増やしたいのですが、良い方法ないですか?』ではないのだろうか?

別に今の収入と同額を得る方法が知りたいのでは無い。

上のひろゆきさんの答えは“凌げる方法”だ。回答とは少しズレている。

(このズレの話もよくでていたな)


だが、これを『地方ではそれが限界だろうが、東京ではこうして同じくらいの収入があるのだから、まずはそこから始めて、さらに良い収入を得る方法を考えてみたら?』と解釈し直せば、納得できる。

 

 

そして、ポイントは、これをひろゆきさんが言う必要はない。

 

質問者が見極めて、考えたら良いだけ。

責任も無い。

ひろゆきさんは、訪ねられたから本人の知識、経験からレスポンスしたのみであり、責任は発生しない。

 

そういうポジションにいるからだ。

実に上手い。


そう考えると、実にひろゆきさんのこのポジションは“美味しい”

 

よく考えたら、テレビ出演も、tiktokの別にひろゆきさんが“お願い”してしているわけではない。依頼されているだけ。また“嫌になれば”出なければ良いだけ。それでも困らない収入もあるのだろう。


つまり、どう動いても楽なポジションにいる。


これはズルい、のではなく、“そうなるように動いていた”結果なのだろう。

僅かに動く事で、最大の影響を与える。

 

それこそ『1%の努力』だ。


先程、tiktokの動画に『本当は事前に下調べして、即答してんじゃないのか?』と疑ったが、よく考えたら、そんな事どうでも良い。


あの動画の“ポイント”は“速さを見せること”ではないか?

もちろん情報の正確性も必要たが、観ている人にひろゆき、スゲー!』と思わせるのが目的ならば、速ければ、速いほど良い。“調べたら”とか、“考えたら”、はあまり意味がない。


ひょっとしたら、ひろゆきさんは他人に“パフォーマンス”するのが凄く上手く、他人との距離感を取るのにかなり敏感な人ではないのか?


『やられてから、やり返す』と本に書いてあった。

それは『相手が踏み込んで来ないなら、こちらからは行かない』である。

そうする限り、他人はなかなか来ない。

これも“ポジション”だ。

頭に来たかは、すぐ攻撃するような短絡的な人間は意外と少ない。  

 

ひろゆきさんはわざわざ、攻撃を受ける“場”には出て来ないだろう。


ならば、今よく、テレビ出でたり、tiktokに動画上げてんのかな?

…たぶん、別の狙いがあるのだろう。


必要とされない限り、動かない。

自分が必要とされる“場”で動く。


これは仕事場でも言える事かも?


『人間は感情の動物』と書いたが、『感情<ポジション』とは言える。 

 

自動車学校などがそうではないか?


恥ずかしながら、自動車学校に数度通った事がある。

自動車学校の教官がどうも好きになれない。

(なんで自動車の運転の仕方でこんなごちゃごちゃ言われなきゃならん💢)“感情的”になるが、“一発試験”(藤田ニコルが合格していたな)で免許を取る自信などなく、“車の免許”という“ポジション”が欲しくて、我慢した。

我慢できてしまうのだ。

感情は制御している。

出来てしまう。


だから、ひろゆきさんからしたら、『なんだ、この髭生やした選らそうな奴は💢』という人間など相手にせず、『困ってます。話を聞いてくださいますか?』という人間だけを相手し、さらにそれを見せたら、他人からの評価は上がる。


実に頭が良い。

無駄が無い。

自分の“場”を分かっている。


で、飽きたり、嫌になれば、辞めたらいいのだ。

特に問題は無い。

これもポジション。

実に分かりやすい。


ならば、俺のように(…なんだよ、コイツ偉そうに)などと、思うだけ損だ。


動画を観て、参考になりそうな話を参考にして、感情的に受け付けない発言は無視すれば、良いだけ。

何より、俺はひろゆきさんを知っているが、向こうは俺を絶対に知らない。勝負(?)にならないだろう。


美味しいポジションの取り方だけ、見ていよう。