鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

プロレス心理学107 虚構(嘘)の信者

 俺はある時期、“新興宗教に騙された”経験を持つ人の話を集めていた事がある。

それは、脳腫瘍の治療で横浜のクリニックに通っていた際に、横浜にあるビルのほとんどが新興宗教か、それが入っているビルだと教えられたからである。(たぶん俺の宿泊ホテルからクリニックまでの通り道にそういうビルが多かっただけ)


 その時、思った。

 (何故、新興宗教はこんなに儲かるのか? そして、人間は何で新興宗教にお金を出すのか?)


 この話は以前にこのブログで書いた記憶があるな。


 治療後、浜松の自宅に戻った俺は、休職中でもあり、クリニックでの放射線治療が凄く辛かった事もあってか、自室のインターネットで“新興宗教”に付いて様々な事を検索した。

 一番多かったのは、『私はこんな新興宗教に騙された!』という“告白(告発)”系の記事や体験談だった。


 その中で、一番気になった話がある。


 東京に住む、とあるシングルマザーの話だ。

 彼女はいわゆる“拝み屋”に騙されていた。


 出産直後に夫と離婚。子供を引き取り、シングルマザーとして生活していた“A子”さん。

 昼間はスーパー。夜はコンビニで働き、手取りは1ヶ月13~15万円。3歳になる子供を抱えて、A子の生活はギリギリだった。

 そんな時、生活の愚痴を書いていたSNSで知り合いになった別のシングルマザーから、「悩みを何でも聞いてくれる」という触れ込みで、怪しげなセミナーに誘われた。

 A子は、怪しいとは思ったが、代金が3,000円と安い(?)のと、知り合いからの誘いが断れなかったのと、自身の生活に疲れていた事もあり、「ま、すぐに帰れば良いか?」という安易な気持ちでセミナーに参加した。

 そこにはA子と同じ貧困に喘ぐシングルマザーが20人弱いた。

 やがて“サブリーダー”なる年配の女性が現れ、彼女を中心に普段の悩みを1人1人話させていった。


 後は、想像通りの展開だ。

 このサブリーダーとやらは、様々な“心理トリック”を使い、A子の心を巧みに取り込む。


社会的適合評価(Social fitness assessment)

全否定(all nothing)

クロージング(hard to get)

バンドワゴン効果

ギフトの法則

プロスペクト理論


…などあらゆる心理テクニックを言葉巧みにA子に施し、騙して、月に30000円を払わせる約束をさせた。

それは“拝み料”であった。

月々にその金額をサブリーダーを経由し、“先生”なる“能力者”に支払うと、自身(A子)とその子供の健康と安全を“保護してくれる”というものだった。


 これは典型的な“拝み屋詐欺”だ。

 おそらく『先生』とかいう人物は存在せず、そのサブリーダーが黒幕だろう。


 手取りが最大で15万前後のA子にとって、月々30,000円はかなりの出費だろう。

 だが、『子供の安全と健康の為に』を言われると逆らえない。

 また、A子が言うには、先生とやらは信じられなかったが、そのサブリーダーにはかなりの好印象が持てたらしい。

 で、A子は毎月、生活費などを削りに削り、月に30000円を捻出し、払っていた。


 そんな日々が一年弱は続いたようだ。

 

 そして、“マインド・コントロール”が解ける時がきた。

 きっかけは、A子さんの子供が風邪を引いた事だった。

 病院代や、薬代がかかり、とても30,000円が払えない。A子さんはサブリーダーに「今月は払えそうも無いんです…」と正直に告げた。するとサブリーダーは「では、良いですよ」と優しく“免除”してくれた。

 「あぁ、なんて寛大な先生とサブリーダーさんなのだ♪」と喜んだA子さんだった。熱を出した子供は単なる風邪であり、数日で回復した。

 A子さんがその事をサブリーダーに告げると、


「良かったわ。…では来月は60,000円ね」


 と言われた。

 これがA子さんにはかなり奇妙に聞こえたのだ。

 “先生”なる拝み屋はA子さんに『貴方とお子さんの健康を拝む』という“名目”で月に30,000円を支払わせていた。

 つまり『子供の健康が害される』という“損害”を避ける為に、月々30,000円という“小さな損”を被ってきたのだ。

 今回、子供が風邪を引いたのだから、それは『支払っている“拝み料”の“範疇”で済まされたのではないか?』という疑問である。

 これは『利益を確実に手に入れる』というプロスペクト理論から来ている。それを示してA子さんを騙していたサブリーダー(並びに“先生”)に、彼女はようやく疑いを持った。

 それでもサブリーダーを信じていたA子さんは「それはおかしくないですか?」と問い詰めた。

 するとサブリーダーは怒り出した。


 「なんて事を言うのですか! “先生”が貴方と貴方のお子さんの為に“拝んで”いるからそうして健康に過ごすこと事が出来ているのですよ! 疑うのなら、この先、もっと“取り返しのつかない”大きな病になりますよ!」


 そのような事を言ったらしい。

 これで“マインド・コントロール”が完全に解けた。

 何故なら“拝み屋”の“先生”は『災い(病)から守る為に拝んでいる』のであり、お金の支払いを拒否する人間らに『災い(病)をもたらす』事などは出来ないからだ。そんな事ができたなら、世の中の人間のほとんどが大病にかかっているはずだ。

 だが、“先生”にお金を払っていなくても、健康そうな他人はたくさんいる。

 おかしい?

 これでA子さんは自身が騙されていた事に気付いた。

 当然、サブリーダーの女性を怪しんだが、関わるのを避け、支払ったお金もそのまま。

 俺が読んだネット記事では『酷い詐欺にあった…。皆さんも気を付けて』というような教訓めいた警告で終わっていた。


 このブログでも何回か書いているが、『人間は基本的に自由だ』と俺は思っている。

 何を信じようが、何を信じまいが、何にお金💰を払おうが、払わないであろうが、それはその人間の勝手だ。

 A子さんは、この“サブリーダー”を信じていたのだろう。結果として単なる詐欺(拝み屋)だったが、詐欺師(拝み屋)からしたら、彼女がこちらを信じてくれた時点で、お金を払った時点で、成功である。

 何故なら、『何を信じるかは、その人の勝手だから』だ。

 数々の心理テクニックでA子を“捉え”て、お金を出させたに過ぎない。

 “信者”にしたのだ。

 “信じさせた”(教祖、カリスマ、詐欺師)側が「救うため」と言い、“信者”が「救われたいから」と言えば、それに他人がとやかく言えない。

 信者とは詐欺師からしたら、とかく便利な存在だ。何かをしてもそれを友好的に捉えてくれ、自身の為に犠牲になる事(お金を払う)を厭わない。


 だから、皆『信者が欲しい』のだ。


 とにかく自分を“無条件”に信じてくれる存在が欲しい。

 だが、そんな便利で純真な人間はそこそこいない。

 だから、“嘘”を付く。

 『家族の為に拝んで上げる』

 『私の事を信じていれば、大丈夫』

 『真実を言っているのは私だけだ』

 『私を信じてれば、あなたは幸せになる』


 …などと言って、信者を騙す。


 それは、プロレスに似ている。

 
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 繰り返し何度も書いているが、プロレスは“ショー👯‍♂️”だ。テレビドラマや演劇、コントと同じように“虚構”の世界で行われている“見世物”だ。

 だが、その内容はレスラー同士の“闘い”である。レスラーは二人(時には四人、六人)で“ショー👯‍♂️”を見せ、観客の興奮を引き出す。

 その闘いは“虚構”(フィクション)なのだが、見世物を見る前から「これはショーの“闘い”です」などと述べるはずがない。

 リングで行われようとしているのは、熱い闘いであり、熱闘だからこそ観客は興奮し、興奮するからチケット代を払い、“ショー👯‍♂️”であるプロレスを見に来るのである。

 粗を探せばキリがないだろう。

 だが、興奮を得る為には、『プロレスはショー👯‍♂️(見世物)である』という概念を棄て、レスラー同士の闘いを“信じる”しかない。


 プロレスは“信者”で成り立っている。


 そう言っても過言ではないと俺は思っている。

 プロレスを「詐欺た! 八百長だ!」と糾弾する人は、実のところプロレスの“信者”では無い。

 何故なら、『信者ではないから、興奮しない』、そして興奮しないのは『プロレスはショー👯ではない』と信じてくいて、それが“虚構”(フィクション)だったから、糾弾するのだ。


 “虚構”には真実は無い。

 レスラーの格闘的、身体的な強弱はプロレスのリングでは決まらない。

 

 先の拝み屋に騙されていたA子さんのように、支払った“料金”に見合う対価は、プロレスならば興奮(ヒート)だ。

 興奮したいからプロレスを“信じる”。“虚構”のような粗を見ても、都合良くそれを捉える。


 「人間は凄い力でロープに跳ばすと、勢いで反転して返ってくるのだ」

 「レスラーは3カウント目の声がかかりそうになると、自然に肩を上げるのだ」

 「レスラーはしっかり関節技にかかっても、体をよじらせて、ロープに手を伸ばす事が出来るのだ」

 「レスラーは試合の終盤になると、驚異的な体力で、大技を連発できるのだ」


 …よく考えてみたらおかしな事ばかりだが、プロレスで興奮(ヒート)したいなら、それは「そうなんだ」と信じるしかない。

 信者でいるしかない。


 俺は、騙されていて月々30,000円も払い続けるのは嫌だが、プロレスを楽しむ為には、“騙されても”構わないと思っていし、事実としてプロレスで興奮(ヒート)している。


 ただ、A子さんと少し違うのは、俺は(俺以外の多くの人が)、『プロレスはショー👯だ』と分かって興奮している事だ。

 「それって、“真の意味”で信者なのか?」と言われたら違うのかもしれないが、俺はプロレスを“ショー👯‍♀️”として楽しんでいる(いた)。


 何故か?

 決まっている。


 そう思った方が興奮するからだ。

 プロレスを見た後、(面白いショー👯‍♀️だったなぁ…)とも思わない。

 (…興奮した“試合”だったなぁ)と満足し、(次も見たいなぁ)と思うのみだ。そして(次はどんな“興奮する試合”をしてくれるのか?)と期待する。

 どこにも(…騙された!)という後悔は無い。

 まさに“興奮(ヒート)の法則”だ。

 だが、頭の奥では『プロレスはショー👯』と認識して、認識しつつ興奮している。

 

 人間はそういう事が出来るのだ。


 人に騙されそうになったり、(…この人を信じて良いのか?)と思うのなら、プロレスを見れば良いと、俺は本当に思う。

 プロレスに興奮出来ない人は、やはり他人を信じていたいないし、“興奮”という利益とは違うものを得たいのだろう。

 プロレスに興奮出来る人は、他人の“意図”に乗りやすい人間なのかもしれない。だが、“信じる対象”の見せるものが“虚構”(嘘)と分かっているなら、損害を最小限にするのではないか(プロスペクト理論


 信者になるな。

 だが、信者にならないと、“利益”(興奮)が得られないのならば、信者もまた“虚構”(嘘)をつくしかない。

 騙し合いのような話だが、それもプロレス(社会)ではないか。

 それを楽しむ(興奮?)する余裕が、また“プロレス”ではないだろうか。