最近、YouTubeをよく観るようになった。
その動画の中で元教師が児童教育を伝える動画が気になった。
『過干渉な親に育てられた子供は恋愛依存体質になり、無気力になりやすい』
…と解説するのだが、初めは意味が分からなかった。
というのも、俺自身の両親は過干渉だった気がしたからだ。
だが、俺は恋愛依存でもないし、無気力でもない(と思う)
何故、親が過干渉だと恋愛依存になり、無気力になるのか?
過干渉とは『子供の望んでない事をし過ぎる』ということらしい。
親から“求められ続ける”為、親からの愛情を感じないし、受け取られない。
だから、愛情を他の人間に求める。
なので恋愛依存になるという。
さらに、過干渉は子供に必要以上に『あーしなさい』『これが良い』と指図する。
すると、『何でも親が決めてくれる』と思うようになり、自分で目標や目的を決められなくなる。
目標や目的が無いから、日々をやり抜く気持ちがなくなる。無気力になる、というわけだ。
ここまで聞くと少し分かる気もする。
…という事は、俺は過干渉に育てられたわけでは無い、と言えるのでは?
俺は恋愛している対象に夢中になった事は今まで一度も無い。そこそこの距離感があった、と思う。
恋愛に依存しているとは思えない。
また、こんな俺にも目標や目的はある。
もっと稼いで、散々迷惑をかけた両親や家族には良い思いをさせたい。
また、もう誰かの命令で仕事したりするは嫌だ。するにしても自分の気持ちを“損なう”ような仕事はしたくない。金は稼ぎたいが、自分自身を“失ってまで”はしたくない。
そう思うのなら、無気力ではないのでは?
他人に干渉するのはしにくい。
それは家族でも、と思う。
子供の望んでない事をするのが、愛情ではない。
子供の望んでいる事をし過ぎるのも愛情ではない気がする。
俺は両親に迷惑しか掛けていない気がする。
それなのに『干渉して欲しくないな』と思う事は度々ある。
一緒に住んでいるのだから、当たり前かも?
恋愛依存でもなく、無気力でもないなら、俺は干渉“されない”生き方をすべきだ。
気力があるなら、そう生きるしかない。
(…もう42)
…俺はそろそろだ、と思っている。