鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

2023 1/25 月収14万円は“幸せ”か?

24歳男性の「手取り14万円の日常」発信する動画がYouTube急上昇入り “幸せ”について考えさせられる内容が反響呼ぶ(リアルサウンドhttps://news.yahoo.co.jp/articles/0fa99e196c6e8f013e557da219df49855845ec13

 

手取り14万円の独身男性の動画が話題らしい。

 

収入は俺と同じくらいかな?

(40才過ぎてそれだけかよ?)

 

 

この記事を読んで、興味を持ち、観てみた。

 

『手取り14万』で検索すると、いろんな動画が出てきて、なかなか考えさせられた。

俺の観た感じだと、“賛成7割”、“否定3割”というくらいか?

(俺はこの割合は参考にならない)と思った。

 

“賛成”の動画の意見は、

『それくらいで十分に楽しく生きている』

『贅沢はできないけど、無理なく生きている』

『これが丁度良く、無理して稼ぐ意味あるの?』

…という感じ。

 

否定の意見は、

『そんな収入では貯金できない』

『将来、どうすんの?』

『向上心はないのか?』

『稼ぐことは悪い事ではない』

…という感じ。

 

実際にそれくらいの収入(今月ちょうどそれくらい)で、再々々々就活中の40代のオジサンの俺からすると、どちらの意見も間違っていないように思える。(どっちつかず?)

 

事実、地方(浜松)に住んでいて、去年から独り暮らししている俺からすると、手取り14万は問題なく生活ができている。

俺の場合、カーリース代が問題だが、それがなければ、かなり余裕だ。

 

しかし、それで良いのか?

 

過去に大病をして、解雇などで突然収入がなくなったことがある俺からすると、手取り14万は“生活は可能”だが“将来的にはアウト”である。

 

…特に俺としては去年の“新型コロナ”感染が、身体的にも経済的にも痛手だった。

 

だから、正社員になって、収入を増やしたいと思った。

収入が増えるのは、悪い事ではない。

 

だが、その反面。

手取り14万の“喜楽さ”、“自由さ”からは程遠くなる。

 

上の記事では、

 

「当たり前のことが当たり前ではない」ことを教える見本としての役割もある模様。すでに子どもが巣立っていった世代の視聴者たちのなかには、自身の子どもとだいを重ねて見ている者もいるようだ。

 

…何となく『手取り14万』を“肯定”し、その尊さを主張している。

そこにはかなり共感できた。

『お金を稼ぐ』事は、“当たり前”だが、大変だ。

それごなかなか出来ない奴等もいる。

その“地点”から見ると、『手取り14万でも幸せ』は納得が行くし、肯定したくなる。

 

しかし、それ(手取り14万)で幸せに暮らしていたら、それ以上(手取り15万~)を望みたくならないか?

 

俺が『手取り14万で幸せ!』という動画に感じた疑問はこれだ。

楽しく生きいるのは大賛成だ。俺もそうありたい。

 

だが、人には“予想”や“希望”がある。

(もし病気になったら?)

(働けなくなったら?)

(お金のかかりる事が起こったら?)

(他にこんな事したいからお金が欲しい!)

 

そうなると、『手取り14万』は途端に『貧窮生活』にならないか?

 

“余計な予想するな”

“悲観的観測をしてもしかない”

“どうにかなるよ”

“欲張るな。今の幸せを味わえ”

 …と言われても、感じても、人はそれを我慢できるか?

 

例えば、『家族の為に、ボロボロになりながら、月収30万、稼いでいます!』という人がいた、としよう。

 

俺はそれは偉いと思うし、凄いと思う。

“ボロボロ”という時点でその人はかなり仕事に苦痛を感じている。

それを“家族の為”に無理して頑張っている。

それを苦労と言わずして、何と言う?

 

そこに、俺のように『独り暮らしで手取り14万で、何とか楽しく生きていまーす♪』(楽しくはないが…)という奴がいて、その“月収30万”の方の生活を見たとしよう。

 

当然、(…何で、そんなに頑張ってんの? もっと楽な生き方あるのに…)とか(働くことは尊い)などと言うだろう。(…言っていた💦)

 

よく考えてみたら、あまり意味がない比較だ。

月収30万には、それだけ必要な理由があり、月収14万は、それで良い理由がある。

それだけだ。

 

楽なのは14万の方だし、無理してないのは、(おそらく)14万の方だ。

だから、“月収14万でいーじゃん?”になりそうだが、30万とは最初比較できない。

それはきっと『月収14万だけど、苦しい!』という人や、それ以下の収入で苦痛を感じている人間と比較すべきだと思う。『あなたと同じくらいの収入だけど、こっちは楽しくやってますよ😃』と言うのなら、比較になるし、『当たり前(月収14万)が当たり前じゃない』と思える。

 

もしくは、『14万で生活できているのに、“無理して”それ以上稼いでいる』と思っている方に“当てはまる”のではないか?

 

この動画を観てから思った。

 

『だから、俺はもっと(14万以上)稼ごう。無理せず』

『嫌な事があれば、こうした生活(月収14万生活)に戻ろうか? 無理したくないから』

 

それが一番ではないのかな?