面接に向けて、髪を切ったりと準備をして、さらには“ダメ”だった時のことも考慮し、違う求人も調べた。
今、発行中の『BUNBUN浜松』のエッセイコンクールで、
俺は“デラシネ”(根なし草)な自分の話を書いた。
俺は、自身が本当に“デラシネ”たと思う。
今、日雇いなどで稼いでいるが、こんな日々を嫌がりながら、それでも“慣れている”自分もいる。
今朝のように、俺の“障害”を確認してくる“とある会社”に内心で苛立ちを覚えたり、未だに“以前の勤務先(ブラック会社、求人誌、派遣会社、派遣先)”には怒りの感情💢を禁じ得ない。
だが、それでも働いていたいし、会社には入りたい。組織には加わりたい。
『他人の評価など聞くに値しない』などと思いながら、やはり他人から『馬鹿にされた』と思うと、俺の小さなプライドが許せないでいる。
今朝の確認電話など、がそうだ。
脳腫瘍で2度も死線をくぐった💧
リハビリもつらかった💧
言葉が戻らず、どこでも小馬鹿にされた💧
今でも履歴書に『脳腫瘍』と書けば遠慮される💧
なのに、「障害手帳などは持ってますか?」は、俺の心をえぐった。
障害者の方に申し訳ないが、そう思われたくないから、ここまで必死にやってきた。
居酒屋🏮(次郎)で同じ事を聞かれたりしてキレたりしながら、耐えて(?)きた。
人の気持ちを、何だと思ってんだ?
そして、そんな風に“確認”されても、入社の為の書類選考はお願いした…。
向こう(会社側)に悪気はないのだろう。
繰り返し書くが、45歳の脳腫瘍で、言葉が不自由で、親の介護を考えている奴を、そのまま受け入れるか?
“確認”するのが、当たり前だろ?
こんな俺は誰にも頼れないのか?
誰も“入れて”くれないのか?
馬鹿にするだけか?
やはり、“デラシネ”なのか?
短く切った髪形の俺が映る窓を見ながら、夕食をたべている。