前回の"ヒールホールド(忙しい!)"の話を書いていて、思い出した事がある。
その会社にいた時、母親が太腿の大動脈瘤が見つかった。
幸い、早期に発見したので、一週間程の入院と手術で直る事が出来、命に別状無かった。
ロクに見舞いにも行かなかったが、手術の日、さすがに付き添いぐらいはしたかったが、その日はあいにく、『締め切り日』であった。
俺は部長に「母親がその日に手術するので、午後5時過ぎには退社していいですか?」と尋ねた。
部長の対応は、
「…あぁ、そう? 良いよ」
だった。
後から思えば、かなり曖昧な返答だった。果たして、締め切り日。
俺は5時過ぎに退社する事を告げると、部長はブチキレ出した。
「何で! 何でこんな時間に帰るんだ!」
俺は先に「5時過ぎには退社させてください」とお願いした事を告げた。
すると、部長は"いつもの"必殺技である「忙しい!」を理由に俺の申し出を覚えていないと言い出した。
俺は部長のこの一件で、完全に見損なった。
さらに、その年の瀬、忘年会において俺は酔った🍺😵🌀フリをして、部長にその話を蒸し返した(俺もしつこいなぁ)。
すると部長は、その事自体を"忘れていた"。
「そんな事、あったっけ?」と言っていた。
そしてまたいつもの「忙しくてさー」を連発した。
初めは"わざと"忘れていたフリをしているのかと思っていたが、この人は本当に忘れていた。
俺の事など眼中には無く、思慮の内に入れていないのだ。
その時はかなり頭に来たが、よく考えたら、この部長の対応は間違っていない。
会社として、また部長として、まず守るべきは会社という組織の存続と利益である。
確かに部下がその母親を心配するのを否定できない。
「人として…」と言われたなら褒められた対応ではない。
だが、部長は人である前に、会社という組織に属する会社員である。
会社としての利益を第一に考えるのは当たり前であり、部下の母親の事を覚えていても一円の利益にもならない。
俺がいくら「あの"人でなし"が…」と恨んでも気にする必要は無い。
以前も書いたが「人としておかしい」という問いかけ(social relevance assessment"社会的適合評価")は、それ自体がおかしい。
人は人である前に、会社員だったり、組織に属する人間だからだ。
「人は皆、人として正しく有らねばならない」というなら、俺を含め、多くの人間は『人間失格』である。
この部長は人である前に、出版社の営業部長として当たり前の行動を取っていただけであり、それにのっとり行動、思考していた。
だから、部下の母親の事など覚えておく必要性がないのだ。
この部長に「人として…」という指摘は当てはまらない。
social relevance assessment(社会的適合評価)は、凄く正しい事を表してはいるが、摘要しにくい。
「忙しい!✴」というのも、この"適合評価"に入らないか?
「忙しい!」
↓
「それだけ会社の為に働いている」
↓
「それは会社にとっては、良いことだろう」
↓
「だから、お前の母親の手術を忘れていても仕方ないだろ?」
…とこういうロジック(理論)ができている。
この『仕方ない』を営業の皆が上手く使っていた気にする。
俺が頭に来てもどこかで、(お前を正社員にしてやったのはオレたちだ)みたいな優位性を見せた。
また、俺自体、営業に誘われても(誰がなるか!)と小馬鹿にしていたし、表立って非難できなかった。
完全に嵌められた。
ヒールホールドが一度喰らうと、なかなか奪取困難であり、"ダメージ"が甚大なように、俺がハマった、この『俺達(営業)が正しい』という理論は、正に"悪魔のロジック"であった。
その中にいれば、守られ、心強いが、一度抜け出そうとするとなかなか"出して"もらえない。
『お前は、俺達の言うことを聞いておけば良いんだよ』という"パワハラ"に違いない。
「忙しい!」という言葉には『仕方ないよね』という"強制力"がある。
つまり、『私のせいではないけど、これはやってくれないと、困るんだよね』という圧力がある。
責任の押し付けであり、"パワハラ"と構造はほぼ同じだ。
この『仕方ない』は、社会人の"必殺技"である。
プロレスには派手な絞め技が多い。
ロメロスペシャル。
ドラゴンスリーパー。
STF。
…しかし、本気で相手を仕留めるなら、それこそ"ヒールホールド"一発で終わりた。
(同じ事はスリーパーホールドにも言える)
何故、あんな複雑で分かり辛い関節技を出すのか?
プロレスはショーであり、観客から見られる事を一番の目的にしている。
地味な技で勝ったところで意味は無い。
だから、派手な絞め技が技を繰り出すのだ。
これが"仕方ない"である。
部長が、俺の母親の手術日を忘れていたのも、仕事を優先しても、俺の事など遠慮の外に置いても、仕方がないように、
プロレスラーが通常でのリアルファイト✊ではあり得ない技を繰り出すのも仕方がないのだ。
「人として…」の規定が立場や条件、個人な考えで変わるように、
プロレスの技も、立場、条件で変わる。
"仕方がない"のだ。
仕方ない(忙しい)から、お前の母親の手術の日を"忘れて"も仕方ない。
仕方ない(忙しい)から、連絡するの忘れた。
仕方ないから、お前の"シフト"が無い。
仕方ないから、お前は"解雇"だ。
全て"建前"だ。
そう自ら言い得る"度胸"がないから、『仕方ない』という前提が無いと人に物が言えない。
情けない人間である。
そして、そんな奴等にコキ使われていた俺はもっと情けない。
俺の"仕方がない"を見るなら、この出版社で正社員にしてもらった事や、この営業の皆に頼った時点で、俺はコイツらの『仕方ない』を受けなくてはならず、言わば、"ハメられた"と言える。
この会社に入った時点で、こうなる運命(嫌いな言葉だが…)だったのだ。
誰かにとって都合の良いrelevance assessment(適合評価)で生きていくのは、誠に馬鹿野郎しいのだ。