日雇いを始めた当初、ヤマ○の工場に派遣されついた。夜中8時から深夜3時までの深夜勤務だった。
深夜帯の労働、しかも工場があるのが、郊外の山中で周りに何もなく、休憩時間など何もする事なく、蒸し暑い控室のような場所で休んでいた。
俺としては、たまにしかそこで入れなかったし、キツい仕事でも、“急場凌ぎの短期バイト”という感じで、あまり何も考えなかった。
同じグッド○ィルを含め、20人ほどの日雇い派遣(バイト)がいて、それとなく話したりした。皆、金の無い若者だった(俺も…)
その中に少し年配の男性がいた。
“年配”と言っても30代前半。身体が細く、丸い顔にいつも帽子(野球帽)を被っていた。
彼はみんなから、「“鉄人”」と呼ばれていた。
それが本名なのか、あだ名なのか、未だに釈然としないのだが、彼は日雇い“一本”で食っていて、昼間は別の日雇い現場に行ってたりするらしく、そのハードな働き方から“鉄人”と呼ばれていたようだ。
普段は物静かであまりはしゃいだりしなかった。
初日にその控室(?)で話しかけたをきっかけに、その次の時から世間話をするようになった。
その1回目と2回目の出勤の時にもいたので、「…よく会いますね?」というと、「俺、夜はここ(工場)だから…」と語り、昼間は別の日雇いをしていることを知った。
俺が思わず「大変っすね〜」と感嘆すると、「…ま、金無いから」とぼそっと溢した。
俺は生まれて初めて“日雇いで食いつないでいる”労働者を見た。
そういうタイプの人間は、もっとガテン系の人物を想像していたが、鉄人は華奢で普通の若者だった。
その時(2005年辺り)は、日雇い派遣の“全盛期”でこうした金の無い若者(俺もね)が働いていたようだ。
…その事は、この次に働く事になる求人誌編集部でよく分かる事になる。(続きは次回以降)
で、この人が他の皆から「鉄人」と呼ばれている事が分かった。
そんな俺たち2人によく声をかけてきた女の子がいた。
まだ若い(俺より若かった)10代の女の子だった。
肉体労働の工場に似つかわしくない若い女性であり、とにかく元気だった。
話を聞くと、驚いたことに、彼女は日雇いをその工場に派遣している“派遣会社のバイト”だった。
派遣予定の人員が集まらなかったので上司から、「穴埋めで出てこい」と言われたらしい。
酷い話に思えたが、当の本人はあまり深くは考えてはないようで、「日雇い代も出るから大丈夫でーす♪」などと気楽に言ったいた。
そして、聞いてもないのに、「あたし、バンド組んでいるんですよー」などと言って、俺たちにギターのピックを見せてきた。そして、そのバンドの話をしてきた。
それを俺や鉄人がそれに対し、『ほー』とか「へー」とかリアクションして、休憩時間が終わった。
…名前は聞いたが、忘れたので、“バンドギャルの女の子”=“バン子”とでもしようかな?
休憩時間は複数回あり、その時になるとまた俺たちのところにきて、バンドの話をした。当時流行っていた“Do As Infinity”を模したようなバンドらしかった。
そこから少し間が空き、二週間後に俺が日雇いでその工場に入ると、また鉄人とバン子がいて、また休憩時間にいつものようにバンドの話になった(というか、バン子が一方的に話すのみだったが…)
不思議な夜だった。
日雇いで凌ぐ男(鉄人)と、バンド♪で成功を夢見る若い娘、そしてブラック企業を辞め、人生を探している俺…。
俺からすると、鉄人のような“その日暮らし”など想像できなかった。同じようなものだったが、他で新しい仕事(正社員)を目指す俺からすると、(…あんな風には)と思っていた(失礼)
一方、恥ずかしげもなく夢を語り、音楽活動で“食っていこう”と思っているバン子は、何だか眩しく見えた。
内心(…そんな簡単にいくかよ)と思いながら、そうした夢を追う若者はみように羨ましかった(俺も若かったが…)
この三人で、工場の休憩室で下らない話をしたのが、俺の派遣の最初の思い出だ。
特に楽しかったわけでもないし、嫌な思い出でも無い。
ただ、(日雇い派遣って、いろんな奴がいるなぁ)と思っただけだ。
この直後、俺は地元求人誌の会社にアルバイト入社が決まり、この現場には入らなくなった。
だが、話はこれで終わらない。
少しだけ怖い続きがあるのだ。
数ヶ月して、まだアルバイトの身分だった俺は、やはり金欠になり、この現場に応募した。
で、入ってみたら、鉄人もバン子もいなかった。
顔見知りの日雇い派遣は何人かいたが、2人の姿がなかった。
俺はそれとなく、同じ派遣会社の奴に鉄人の事を尋ねてみた。
すると、驚いた事に『あの“バン子”と一緒に“消えた”』というのだ。
どうも俺が出勤していない間、2人は急接近して、2人同じタイミングでこの現場に来なくなった、という。
鉄人の方は日雇いなので、他の現場へ行った可能性があり、バン子の方はバイトしていた派遣会社を辞めたらしい。
つまり、二人は“デキて”いたらしい。
(もちろん、俺が尋ねた日雇いの予想だが…)
俺は驚嘆した。(…いつの間に?)と思った。鉄人はバン子の話を相槌を打ちながら、『フンフン…』と聞いていただけに見えていた。
まさか、そうなっていたとは…。
俺はかなり奇妙で、不可思議な気持ちになった。
断っておくが、俺自身がバン子に“気があった”事はない。
ただ、真面目そうなあの鉄人が、あの若い“キャピキャピ”したバン子に“熱を上げて”いるのが、想像できなかったのだ。
それから俺は二人を見る事はなかった。
そのヤマ○の現場もいかなくなった。
その二人はどうなったのか?