俺にはまだ社内に気になる“奴等”がいた。
と書いたが、それは俺の高校の同級生だった。
偶然ではあるが、この求人誌には俺の高校の同級生がいた。女性だった。
と言っても、在学中はほぼ面識が無く、同じクラスにもなった事がなかった。
彼女と同じクラスになったことのある旧友に話を聞いたりしたが、ソイツも交流がなかったらしく、実質全くの初対面だった。
当然、俺は全く気が付かなかったが、話しかけられて、そうだと知った。
それから何となく、この元同級生の女性とそのグループと親しくなっていった。(その中には21で書いた二課担当の女の子もいた)
初めは、気軽な“元同級生”と思えた…。
俺はこの元同級生から、社内事情や情勢などを仕入れる事がてきた。
俺がアルバイトとして入社する前、まだ前の社長が存命していて、俺の所属する二課が社内で勢力を張っていたらしい。
売上(営業成績)も多く、会社をリードするグループだった。
いわゆる“主流派”だったらしい。
本社の営業一課(や他の市内営業所)は二番手という感じ。
だが、その前社長が、どこかから経営コンサルタントをしていた人間を部長として会社へ向かえた頃から、風向きが変わってきた。
本社直属の一課、営業の“主軸”である二課。
そこに、この人が割って入ろうとしたらしい。
まず、次期社長である息子の常務に取り込み、社長の奥さんにも取り入った。
そして、市外にあった営業所に目を付け、県東部エリア(静岡方面)の部長に収まった。
言わば、“第三勢力”になろうとしたようだ。
これはおかしな話だった。
と言うのも、この会社には別にエリア制などはなく、営業範囲は自由。実際、浜松にいる二課の営業が県東部の御殿場や沼津の派遣会社の求人原稿の担当をしていたし、俺も打ち合わせや顔見せで沼津まで何度も行ったりした。
『県東部担当の部長』と言っても、意味が無さそうだった。
そこには、この元コンサルタントが“自分の手下”が欲しかったという意図があるのだろう。
そして、前社長が急死し、状況はその元コンサルタントの思い通りになる。
新しい社長には前社長の奥さんが“繋ぎ”として就任し、次期社長の息子は彼の“手の内”にあった。
主流は、元コンサルタントになった。
当然、“主流派”だった二課の様子が変わったらしい。
成績は好調だが、社内的には他の課や事業所(特に東部エリア)の勢いが増してきたのだ。
そんな時にアルバイト入社してきたのが、俺であった。
二課の営業の面々には「…この会社を動かしているのは、俺たち(私たち)だ」というプライドがあり、それが『営業以外の事はしたくない』になり、俺のような“雑用係”を欲したらしい。
これが、俺の採用理由だ。
そして、二課の部長からしたら、以前までは社内で優位な地位にいた自らのグループが、主流から外れ、よく分からない元コンサルタントが牛耳るようになり、かなりストレスが貯まっていたらしい。(それを俺に当てられてもなあ…)
そんな情報を元同級生から聞いて、俺を取り巻く状況と所属する二課の扱われ方が分かった。
そして、そんな情報を教えてくれた、その元同級生自体も、古参の製作スタッフとして、社内で威張り腐っていた。(と俺は見ていた)
彼女が俺に社内情報を教えてくれたくれたのは、遠回しに『鈴木よ、こっちのグループに入りなよ』という勧誘みたいなものだったと、今は思える。
確かに、彼女を中心とした若手、中堅のグループとは世代も近く、二課の営業さんより親しみがあった。
だが、どうも俺はこうした『小さな“お友達”グループ』が昔から好きになれなかった。
会社全体では威張れないから、自身のコントロールできる親しい人間を取り込む…。
なんだか、新興宗教じみて見えた。
仲良くするのも良い。楽しく飲み会🍶するのも悪くない。共通の話題で楽しむのも悪くはないだろ。
だが、このグループの『私達がこうするのだから、鈴木くんもするよね?』という同調圧力のような雰囲気が好きになれなかった。
それは二課にも言えた。
厄介事や愚痴を吐かれるが、彼らは良い人らだと思った。
真面目に働いていれば、評価してくれるし、営業補助として、彼らをサポートして、それが成績に反映したり、「ありがとう、鈴木」などと言われたら、それはそれで嬉しかった。
こんなバカか俺でも役に立っているのが、嬉しかった。
しかし、この頃から二課の面々から『俺たちがお前の面倒みてやってんだから、言われた通りにしろよ』という圧迫感も感じていた。
仕事なのだから、会社なのどから、雇われているのだから、言うことを聞くのは当たり前だ。
俺の給料は、営業の皆さんの働いた中から出ている。
言われた通りにするのは当然だ。
でも、俺はもう誰の子分や手下にもなりたくなかった。
ブラック企業にいた頃、従業員は奴隷だった。
組織の為にひたすら働き、言いなりになり、従順である事が求められた。
日雇いでもそうだ。
どの現場でも、あの“丸さん”のように文句も言わず、ひたすら真面目に、素直に働く人間が喜ばれた。
会社という組織に入り、給料までもらっておきながら、かなり矛盾した考えだが、俺はあの『言うことを聞くのは当たり前』という感覚を圧力と感じてしまう。
そして、組織の中で“グループ”を作る人間が好きになれない。
俺が経営者だったり、部下がいたら、言うことを聞かない奴に給料など払いたくないし、ブラック企業にいた時はバイトという部下がいて、指図していたし、“仲良しグループ”にいたこともある。
だが、どうしてもこの会社の“グループ”が好きになれなかった。
頼られたり、仲良くしたり、酒飲んで遊ぶのも悪くない。
仕事なのだから、二課の部長や営業らの命令に従うの当たり前だとも思う。
でも、『だからこっちに合わせろ』『言う通りにしろ』は違う。というか、従いたくなかった。
ならば、一人で良い。
小学生のある時期のように“無所属”で良い。
『八方美人』などと言われても良かった。何かの“仲間”と見られたくなかった。
呆れられ、見放されても良かった。
バカと付き合うよりマシだと、心から思っていた。
(ちょうど、日雇いでも宅配系の仕事から離れ出した時期だった…)
…そう重いながら、俺は相変わらず、部長の愚痴に怒りながら二課で働き、締め切り時には本社で働いていた。
これが、2007年頃の俺の状況で、東京でのライター講座が終わり、(…これはなかなか稼げるもんじゃないな)と思って、ライター活動を諦めつつあった。
そんな俺に『正社員登用』の話が出始めた。
バカな俺は、上のように重いながら、正社員という甘い誘いに引かれていた…。