鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

2024 1/1 ③ 怒りの出口

数日前(年末)、生活品などの買い出しに近所の100円ショップに行った時。

 

よく置いてある求人誌用のラックを見た。

有名な求人誌が並ぶ中に、かつて俺のいた地元求人誌が無い。

一冊もない。

(年末で休刊?)と思ったが、特に気にしていなかった。

クビになったのは、もう10年以上前。俺は、この会社には未だに怒り💢もある。

 

俺は職探しにいろんな求人誌を検索するが、この元所属のこの求人誌だけは使わなかった。

解雇されたから。

さらに、求人検索はほとんどスマホなどのサイト経由。そちらが便利だったから。そちらばかり使っている(地元求人誌もサイトは持っていた…)

 

その求人誌が一冊もないのが少し気になって、今日、その会社(地元の求人誌)を検索してみた。

 

何と、倒産していた😨

去年(2023)の夏に潰れていた!


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俺が解雇されたのは2008年初頭、リーマンショック(派遣録50~60)の頃。

あれから『あまり業績が良くない⤵️』とは風の噂🍃で聞いていた。

リーマンショックが終わっても業績が戻らず、そこに“コロナ”が来て、完全に“終わった”か?(予想)

 

解雇された俺からしたら、『ざまあみろ😜』だが、何故か、俺は“虚しさ”を感じていた。

 

もし“あの時(2008年)”、俺が解雇になっていなくても、結局その後15年後には会社(求人誌)は“無くなって”いたのだ。

 

解雇になった当初、(仕方ないよな)とは思っていたが、やはり相当頭に来ていた💢

俺は、散々コキ使われ、会社の業績が落ちたら、紙くずのように捨てられた。

納得がいかなかった。俺を散々残業させた部長、怒ってきた幹部、威張り腐っていた奴ら、小馬鹿にしてきた同僚…。

そして解雇された俺に何の言葉もかけてくれなかった連中…。

俺は今も許せなかった。

 

“楽しい思い出”もある。

今でも感謝している人間もいる。

そこに“ストーリー”もあった。

あーいう最後では、なければ、俺は今でもあの会社で働きたかっただろう。

それが、まるごと怒り💢💢💢に変わっている。今でも許せない。

 

だが、こうしてかつていた会社(編集部)の倒産を聞くと、少しおかしな気分になる。

 

ここには、どう考えても“ここでしか生きられない”と思える人が何人もいた。

部長なんか特にそうだ。

ここは、“アイツら”にとって最適な“居場所”だったはずだ。

 

そこを奪われて、大丈夫か?

相当頭に来ただろうが、倒産はどうにもならない。

他の会社で働けるイメージがしない。他の求人誌会社とかで働いたりしているのか?

担当企業があるから、それを“糧”に“移籍”なんてしているかも?

…それでも苦労するだろうな。どう考えても“あそこ”でしか“威張れない”奴らだし。

その阿鼻叫喚が目に浮かぶ。

 

 

会社の倒産は去年の夏だという。

ちょうど俺が“あのクソ工場🏭️” を辞めた頃。

…つまり、“どうなっても”、俺は去年の夏に無職になっていたのだ。

そこに虚しさを感じた。

 

まるで“パラレルワールド”の結末のようだ。

“どの道”を選んでも、結果は“同じ”…。

 

俺の怒り💢は無意味だった。

怒っても、その怒りの“先”が無くなったら意味が無い。

この怒り💢には意味がなかったのだ💦

 

これが、俺のこの約10年の怒りの出口だったのか?

…虚しいな。

 

そして、やはり思った。倒産をネットで見てから思った。

みんな、どうなったのか?

どうして倒産したのか?

その時、どうしていたのか?

会社とい組織には、必ず“終わり”がくるのか?

 

組織とはいつもこうだ。わかっていただろ?

それが無くなってしまえば、居場所はなくなる。

下らない意地も、承認欲求も、パワハラも、それができるの“居場所”があってからこそだ。

なくなったら、こんなものだ。

 

あの“クソ工場🏭️”もそうだろう。

あそこで威張り腐っていたクソな奴等も、あの工場🏭️があってからこそ…。

外側からみたら、意味の無い話だった。

 

そしてやはり気になる。

そして、俺はこれを書こう、と思う。

俺の“物語”で。