鈴木篠千の日記

2度目の移籍。浜松近郊でフリーライターしてます。①日記(普段の生活やテレビの話題と社会考察) ②プロレス心理学(とプロレス&格闘技の話) ③非居酒屋放浪記 ④派遣録(派遣していた&いる時や過去の話)

2024 4/14 孤独と居場所

 

俺は、孤独の話をよく考えたりする。

俺が孤独だからか?

 

先日、また“トー横”で、
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ホストに600万円💴の支払いさせる、


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この悪いホストが、トー横の若い女の子を誘い、多額の“売掛金”を作らせ、


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払えないと、海外売春までさせていた話題を観た。

 

何で、若い女の子がこんな“詐欺”に引っ掛かるのか?

しかも、身体まで売るなんて…。

 

そこに孤独がある。

誰とも繋がれない若者が、詐欺師(ホスト)を居場所だと思ってしまう。

実際そうなのだろう。

 

居場所が欲しい。

その気持ちはものすご分かる。自分が理解され、行動できて、話せる。楽しく“空間”が欲しい。

それが居場所だ。

この若い女の子らは、このホストがそうだったのだろう。向こうからすれば“金ズル”でしかないのだが

…。

 

しかし、それでも居場所を失えば、孤独だ。

 

何故、若い人は孤独に耐えられないのか?

他人との繋がりを欲しがる?

孤独で良いではないか?

 

だが、『孤独⇔居場所』ではない。

孤独とは“誰とも繋がらない”ではなく“理解されない”、“阻害される”という事ではないか?

俺が、これまで働いてきた現場、今も働く複数の現場で孤独だし、孤独に“なっている人ら”をたくさん見た。

 

彼ら(俺を含め…)が求めるのが、居場所だ。

自分がよく理解され、一番な場所。楽しいところ。

そこに“居たがる”。

そんなところを“居場所”にしたいのだ。

 

今日(4/14)、実家に行ってきた。

親父がフラフラしていてまた頭にきた。

 

そして、引きこもり中の甥っ子のところにまた行ってきた。

散々誘っても、自宅から出なかった。

コイツはいつまで“ここ”にいる気だろうか?

きっと甥っ子も“居場所”が欲しいのだろう。“孤独”になれないのだ。

理解されたい。

自分を分かって欲しい。

そんな居場所を探し続ける気か?

 

他人を“理解しない周囲”も問題が、そんな居場所を探し続けるのも、問題だ。

そんな居場所などなかなか見つからない。

居場所から出ていかないと、見つからない。

1度、孤独にならないと見つからない。